10月30日 秋良

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(あーーーー覚えとる!ここや!)  猫の額のような駐車場の隣には保育園があり、車2台がぎりぎり行き違う事が出来る道路が通っていた。その奥に白い屋根の礼拝堂がありステンドグラスの窓が見えた。ふり仰ぐと避雷針と十字架、連なる桜の幹は少し太くなったような気がした。 「愛児園(うち)や!」  秋良にとって此処は3年間過ごした家だった。記憶の中にある木造の園舎は鉄筋コンクリート3階建てへと姿を変えていた。 「うっそ、まじか」  見遣ると椿の紅い花が咲いていた。 (ここや、ここやわ)  2人で座ったベンチは無かったが椿の垣根には白いマリア像が微笑んでいた。ここは翔吾と手を繋いで5年後の10月30日に会おうと約束した場所で間違いない。ただ吹きっ晒しのこの場所でいつ現れるか分からないを待つ事は難しかった。 「こんにちはー、誰かいますかー」  自動ドアのボタンを押すと金魚が泳ぐ水槽が有った。 「あれ!この子らうちらが金魚すくいですくった子じゃないけ!」  オレンジがかった赤に独特な模様の金魚には見覚えがあった。これも翔吾と百万石祭りの夜店ですくった金魚だ。建物はすっかり変わってしまったが彼方此方に幼い頃の思い出が転がっていた。 「あら、どちら様?」  振り向くと修道女(シスター)が訝しげに秋良の顔を覗き込んだ。彼女は母親代わりで世話になった人物だと思うが顔など憶えていなかった。秋良が返答に困っていると修道女の表情が明るいものに変わった。 「あら!秋良ちゃんじゃない!?」 「え」 「伊東秋良ちゃん、違うかな、憶えていないかな?」 「ごめんなさい、シスターの顔は憶えてないけど伊東秋良です」 「まぁ!大きくなって、綺麗になって驚いた!」  秋良は腰までのゆるい巻き毛を肩で結えていた。くっきりとした二重に黒曜石の濡れた瞳、柔らかな面差し頬の線は白桃のようだった。 「今日は如何したの?今は何処に住んでいるの?」 「富山市です」 「またこんな遠くまで来て、親御さんは?」 「ひとりで来ました」  秋良は5年前の翔吾との約束について話した。 「そうなの!あなたたち仲が良かったから。寒いから事務所に入りなさい。伊藤くんも此処に来るだろうからお茶でも淹れるわね」 「ありがとうございます」  ところが翔吾はその場所に現れなかった。シスターは在園時に登録されていた連絡先に電話を掛けてくれたがそれは既に解約されており繋がらなかった。秋良は18:00過ぎの新幹線に乗車する為に愛児園を出た。心配したシスターがタクシーを呼んでくれたので帰路はビル風に吹かれる事は無かった。 (なんで来んかったんや)  車窓に流れる車のヘッドライトを眺めた秋良はあの日と同じ様に涙を堪えた。
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