始まりの一学期

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始まりの一学期

 ――拝啓お父さん。十七年間、こんな僕を育ててくれてありがとうございます。  ――高校を卒業したら家業を継がずに東京の大学に進学したいだなんて言って喧嘩ばかりの日々でしたね。  ――今となっては何も親孝行できなかったこと、とても申し訳なく思います。 「おら、筆止まってんぞコラ!」  腕組み仁王立ちのヤクザがドスの利いた声でがなる。  俺の名は小田桐(おだぎり)譲次(じょうじ)。次男みたいな名前だが長男だ。そして言うまでもないが、オダギリジョーと似ているのは名前だけだ。  たった今、夜の港で遺書を書かされている。ヤクザどもがわざわざ用意してくれたテーブルの下では足を入れた桶にコンクリートを流し込まれ、刻一刻と固まりつつある。  目の前には堂々たるベガ立ちの部賀(べが)というヤクザの舎弟頭、そして背後にはその舎弟どもが三人。 「あ、あの……俺、なんか海に沈められるようなことしました?」  ここは火流川(かるがわ)の淡水と海水が混ざり合う港湾だ。 「ああん? てめえ、うちの組に喧嘩(クロブタ)売るような真似して(イナゲ)なこと言ってんじゃねえ!」  部賀が恐喝(ガジ)ると、背後で舎弟の一人、ジャガイモ顔も続く。 「うちらの宝に(ケチ)付けといて舐めたこと抜かしてんじゃねえぞ!」  さらにニンジン顔の舎弟が続ける。 「あれだけ(カタ)出しといて今さら抜けたこと言ってんなや!」  そしてタマネギ顔が言った。 「お嬢の涙の一滴はてめえの(タマ)よりよっぽど重いんだよヌケサク!」  お嬢?  お嬢と言えば、確か――。  すると、夜の港湾に小さな人影が息を切らして現れた。  それは、まるで子リスのような、どう見てもヤクザどもとは似つかわしくない、おとなしそうな眼鏡を掛けた女の子だ。 「部賀さん! 違うんです、お願いですからやめてください!」  ヤクザの舎弟頭を相手に必死に訴える少女。その姿に、俺の中ですべてが繋がった。  巻き戻し<<十二時間前。  今日は新一年生にとっては不安と期待が入り雑じる入学式。だが、俺にとっては高校最後の一年が始まる決戦の始業式だ。  俺が家業を継がずに東京の大学に進学したいと言ったら親父は猛反対した。親父はこの帆樽(ほたる)市の地場産業であり観光名物でもある鮎の火振り漁師だ。  親父は中学校を卒業するとともに祖父からこの仕事を継いでいるため、高校には行っていない。そのため、せめて俺には高校生として歳相応の青春くらいは送ってほしいと、わざわざ進学させてくれた。  だから俺は高校生活でじゅうぶんな学力を身に付ければ大学への進学も許してくれるだろうと思っている。  帆樽第一高校、通称イチ高――と言っても市内の高校はこの一校のみだが――の新年度は毎年同じようなことしか言わない校長の長くて退屈な話から始まる。
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