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北大路紳道のポスターは帆樽市内ではよく見かける。市民からの信頼も厚く、俺が物心付いた頃から今に至るまで、ずっと市議の座にいるような人物だ。
彼が人気の理由は人柄もあるが、一番は年齢を重ねてもなお、その端正な顔立ちにあると思っている。実際に比率で言えば女性の支持者が多い。
そしてその娘・純恋に父・紳道の面影を重ねてみると、確かに似ているかもしれない。
だが、問題はそこではない。
「あの……それはいいんだけど、なんで俺のこと探してたの?」
「私、ずっと正義感の強い男性に憧れてるんです! あ、もちろん、ずっとパパの姿を見てきたからっていうのもあるんですけど……あ、その前に名前! ごめんなさい、まだ聞いていませんでしたよね!」
極娘とは対照的によく喋る子だ。なんなら、ほとんどこの子一人だけで喋っているような気がする。
「あ、俺? 俺は小田桐譲次。小さい田んぼに材木の桐。下の名前は譲る次と書いて譲次」
「譲次くん……ひょっとして、次男ですか?」
と、純恋は後ろ手に組んで俺の顔を覗き込むように上体を乗り出す。
「だよね。よく言われるけど、これでも長男で一人っ子なんだ」
「なるほど……珍しい名前ですね」納得したようで、純恋は姿勢を直して次は極娘に向き直る。「ところで、そちらの一年生の子は?」
極娘は相手が市議会議員の娘と知るなり、とても気まずそうに顔を伏せたまま名乗った。
「あ、葵……です。モミジアオイやタチアオイなどの……葵……」
さすがに苗字を言ってしまって勘付かれるのを避けたいのか、極娘は下の名前しか名乗らなかった。
「あ、あの草冠の。葵ちゃん。可愛い名前ね」
そしてずっと気になっていたことがある。
そう。純恋の手にはナプキンで包まれた弁当箱が下げられているのだ。
「あの……もしかして、ここで食べるつもりだったりする?」
「はい、ご迷惑でなければ」
これは俺の悪い部分なのだが、こういうときに二人にしてくれと、はっきりと言えないところがある。
極娘は一向に構わないといった風だが、純恋と一緒に昼休みを過ごせば、極娘ににおいや懐かしいについて聞きづらくなるからだ。
「ちなみに……なんで?」
「素敵な男性を見付けたら、まずはお友達からだと思いまして!」
そんなまさかだ。俺の恋路を阻む二人目の存在が現れるとは。部賀……お前は俺にとって最悪のキューピッドだよ。
俺は思わず白い翼の生えた部賀が裸でハートを射貫く弓矢を持った姿を想像してしまった。秒で後悔した。
「一応言っておくけど、俺……多分きみが思ってるような人間じゃないと思うよ?」
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