#07 雨の後は晴れるがいい!

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 梅雨だなぁ。  そんな事を考えながら俺は昇降口で傘を広げる。 「おっ、閃貴(せんき)も今かえり?」  俺は、自分を呼ぶ声がしたので、声の主の方へと顔を向ける。 「あぁ、ヱルか。そうだよ今日は部活ないのか?」  俺を呼んだのは幼馴染のヱルだった。 「今日は、女テニは雨なのでお休みなんだよ。一緒に帰ろうか。それとも相合傘でもする? しちゃう?」 「相合傘ね……。まっ、それもいいが、肩が濡れるので却下だ」 「はぁぁ~~閃貴、そこはチョット照れたり、『ばっ、バカ云うなよ』とか言葉を詰まらせるところじゃないの?」 「……お前は、俺に何を求めているんだ? 俺は初心(うぶ)なラブコメ主人公か?」  小学生じゃあるまいし、今更相合傘くらいで、ドキドキなどしない。  そもそも、こいつとは何度も傘を共有しているので、それくらいではドキドキなんてしない。  俺達が、昇降口でそんな会話をしていると、通行の邪魔だったのだろう。俺達を注意する声が後方から発せられた。   「ちょっと、そこの付き合って10年見たいな会話をしているお二人さん。道を開けてもらってもいいかな?」  俺達二人の間に入って来たのは、ヱルの友達であり俺たちのクラスメイトの正木聚楽(まさきじゅら)さんだった。 「正木さん……それは大きな誤解です。俺には彼女なんていませんから。現在募集中なんですよ」 「あら、じゃぁ、私が立候補してもいいのかしら?」  ドクン。  あっ、チョット鼓動が、早くなっているのを感じる。   「えっ、正木さんがですか? そりゃぁ喜んでお受けいたします。じゃぁ、今日から聚楽って呼びまっっ痛てええぇえええ!」 「あっ、ゴメン。つい、こんな所にツネリたい腕があったものだから」  ヱルは悪びれも無く、躊躇する事も無く、俺の左腕をツネった。 「ツネリたい腕ってなんだよ。そんなの聞いたこと無いぞ」 「あらそう? ほら、プチプチって潰したくなるじゃない?」 「……あぁ、緩衝材な。まぁ分かる。確かに見ると一個ずつ潰したくなるよな」 「こたつの上のみかん。そんなに食べたくなくても、手を伸ばすでしょ」 「……あぁ、みかんな。確かに用もなく、一個は食べるよな。別にそんなに食べたいわけじゃ無いのにな」 「閃貴の腕。無性にツネりたくなるでしょう」 「……あぁ、……って、ならねーよ! トースターのツマミじゃねぇんだよ!」 「フフフ」  突如として、横にいた正木さんが笑い始めた。 「ホント、二人は仲が良いのね。私の入るスキは広げないといけなさそうね」 「正木さん、安心してください。こいつ追い出せば、入るスキなんてガバガバ空いていますから」 「ほぉ~、閃貴はまだツネられたいのね」 「フフフお二人の邪魔をしちゃってゴメンね。私、先に帰るわね。じゃっ!」  正木さんは、右手を軽く上げて、昇降口から足早に去って行った。  あぁ、一緒に帰るチャンスを逃してしまった……。残念。 「閃貴、アンタなに残念そうな顔しているの?」  相変わらず鋭い女だ。   「そんな事ないだろう。気のせいだ。俺たちも帰ろうぜ」 「ふ~ん」  昇降口ですったもんだはあったものの、取り合えず俺達は家へと帰り始めたのだ。    ● ● ●    バスを降りて、自宅へ向かって歩いていると、雲が薄くなった場所から、太陽が覗き始めた。  どうやら、そろそろ雨はやむらしい。  そんな空を見ていると、ふと、ヱルと過ごした幼稚園時代の思い出がよみがえった。 「せんせー、雨やまないね」 「そうね。今日はお外でジャガイモ植える予定だったのにね。そうだ。じゃぁ、みんなに問題です。雨がやむとどうなるでしょう?」  突拍子の無い質問ではあったが、幼稚園児には教育上いい問題なのだろう。  今なら、先生がどんな気持ちで問題を出してきたのか、何となく分かる。しかし、当時の俺は「アホかそんなの」、と冷めた答えを出す、ひねくれた少年だった。 「先生、はーい! はーい!」 「はい、ユウ君」 「太陽がでまーす!」 「そうね。太陽が顔を出してくれますね。他にはありますか?」 「先生、はーい!」 「はい、ココちゃん」 「ジャガイモが植えられます!」 「そうね。ジャガイモ植えたいよね。他には何かあるかな?」 「はーい、水たまりができます」 「はーい、泥遊びが出来ます」  そんな風に、クラスメイトは次々に意見を出した。  しかし、しばらくすると、所詮は幼稚園児、すぐに意見が出尽くしてしまった。  そう、みんなの手が上がらなくなったのだ。    ……もう、意見を出す者はいないだろう。  周りを見て、ひねくれた俺はそんな事を考えた。  しかし、次の瞬間、予想に反して、ヱルが元気よく手を上げたのだ。 「先生、はーい! はーい!」 「はい、ヱルちゃんどうぞ!」  冷めた俺は、ヱルの意見など分かり切っていた。どうせ他の子が出したものを聞いていなくて、もう一度同じ事を云うに違いない。  捻くれた俺は、そんな事を考えていたのだ。    しかし、ヱルは、そんな俺の心など知らない。知る由も無い。  ただ、元気に、無邪気に、バカみたいに答えるのだ。   「はーい! 先生! え~っとねぇ。虹が出ます!」  ……にじ?  何を云っているんだ、こいつは。  ヱルの意見を聞いた瞬間、俺は、虹なんて雨が上がったからと謂って、必ず出るものでは無いと発言を心の中でバカにしていた。  しかし、今にしてみると、この発言に心が動かされた。いや、ヱルと謂う人物に興味が出た瞬間だったのかもしれない。  なぜならこの後、それはそれは、絵に描いたような大きな虹が窓から見える事となったのだから。  あるかもしれない事を信じる。願う。  そう謂った前向きな心は俺は持ち合わせていなかったからだ。  きっと、この頃からだっただろう。俺が少しずつヱルに魅かれ始めたのは。    ――懐かしい思い出だ。  そして、幸か不幸か、その時の彼女はまだ俺の目の前にいる。   「……なぁ、ヱル」 「なに?」 「雨が上がったら、どうなる?」 「雨? はっ、そんなの決まっているじゃない」  そいうと、ヱルは傘を閉じて、太陽と逆の方向を指差した。  そして、空に大きく描かれた光の半円を背に、ドヤ顔で俺の前に仁王立ちをする。 「虹が出るのよ!」  ククク。相変わらず変わらないな。  俺は、この笑顔を、いつまで近くで見ている事が出来るんだろう。  そんな事を考えながら、俺は傘を閉じた。
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