010 届けたい想いなので伝えてもいいですか?

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010 届けたい想いなので伝えてもいいですか?

「ねぇ、聖郎(せいろう)。お願いがあるんだけど、私のお願い訊いてくれる?」  1年1組の教室では、スティックパンを口に(くわ)えた佐々木聖郎に対し、同じ中学だった、稲垣美緒(いながきみお)が話し掛けてる。  佐々木はスティックパンを喉に流し込むと、今度は牛乳で喉を潤す。 「美緒。スティックパンって、パサパサなの知ってる?」 「うん。まぁ」 「いきなり話し掛けられても、答えられんわ!」 「お前さん、そう云い張りまりましても、(あちき)にものっぴきならない悩みがありましてねぇ。この悩み、ちょっと訊いておくんなはれ」 「ほう、その悩みとはいったい何なんだい?」 「おぉ。(あちき)の悩みを聞いてくれるのかえ?」 「いゃ、もう山門芝居はいいから。で、俺に出来る事なのかい?」  稲垣は、佐々木の前の席を陣取ると、椅子に逆向きで腰かける。  股を開いて、背もたれに両肘を付く。そして、少しだけ顔を佐々木に近づける。 「あのさ……」  小声で、佐々木にだけ聞こえる音量で声を発する。 「実はさ、私隣のクラスの閃貴が好きなんだけど、どうすれば付き合えるかな?」  その言葉を訊いた瞬間、佐々木の瞼が半分閉じる。  そして、ため息を吐きながら稲垣から顔を離す。 「悪いが稲垣、そりゃぁ無理だ」 「無理って云うなよ。同中だろ! 中学の時みっこ紹介したろ!」 「いゃいゃいゃ。そういう問題じゃ無くて、閃貴とは同じ部活だけど、アイツには幼馴染がいるんだよ」 「知ってるよ。ヱルちゃんでしょ」 「そうそう。1年2組の美女2トップ、正木聚楽と、横山ヱル」 「なに? 私がその二人に劣るていうの?」 「まて、まて、まて。別にお前が劣るとは云わないが相手が悪い。なんせおしどり夫婦なんて云われているんだぜ。どこに入る隙があるよ」 「だから、アンタに訊いているんでしょ。何とかしなさいよ」 「何とかねぇ」  佐々木は椅子に深く腰掛ける。  そして、背もたれに寄りかかりながら、座席の前足を上げる。  ゆらゆらと椅子を揺らしながら、天井を見上げて考える。  閃貴かぁ。同じサッカー部で仲はいいが……ヱルちゃんを差し置いて、他の誰かとアイツは付き合うかなぁ~。  ……いゃ、まて、アイツの熱中すると、他が見えない性格を利用すれば……。  佐々木は天井を見上げながら、口元を緩める。 「ところでだ稲垣。成功報酬は、当然用意しているんだろうな?」 「当たり前よ。沙紀とデートでどぉ? あんた、沙紀の事好きなんでしょ」 「なっ、お前どこでその情報を……」 「フォーカス部を舐めないでよ」 「……いゃ、お前……新聞部だろう。フォーカス部って……物騒な名前だな」 「で、勝算は?」 「意外とあると思うぞ。因みに、沙紀とのデートは大丈夫なんだろうな」 「報酬を踏み倒したりはしはいわ。これでもジャーナリストの端くれよ」 「端くれって、まぁ、本当に末端だがな」 「やかましい。で、作戦は?」  そして、二人は作戦会議の後、放課後を待つ事とした。  ● ● ● 「よぉ、閃貴。部活の前にちょっとモンスター・ドロップやらねぇ?」 「おっ、いいね。一狩いくか!」  そう話すと、二人は、学校のテラスに設置されているテーブル席へと移動した。 「よし、閃貴、ここでやろうぜ」 「いいよ」  二人はスマホを取り出して、協力プレイでモンスターを倒すゲーム、モンスター・ドロップを起動させた。  そして、二人がゲームに熱中している最中、閃貴の背後に忍び寄る女性が現れる。  そう、その女性とは稲垣美緒だ。  稲垣は同じクラスの友達に、閃貴と自分が背後から映るように動画を撮らせている。  そして、動画を撮影している友達に合図を送ると、稲垣はゲームに熱中している閃貴に話しかけた。 「ねぇ閃貴」 「ん?」  閃貴はゲームに熱中している為、空返事をする。 「私と付き合ってくれない?」 「うん」  またしてもゲームに熱中しているので空返事をする。 「じゃぁ、私達、今日から恋人同士ね」 「うん……うん?」  はっとした顔で、閃貴が稲垣の顔を見る。 「おっ、俺、今なんて答えた?」 「えっ、何てって、私と付き合うって。ほら、動画もあるよ、見る?」 「ちょっっ、いや、見なくていいけど。付き合うって、俺が稲垣さんと?」 「うん」  慌てふためく閃貴。  そして、それを横目に、稲垣は動画を撮影していた友達を紹介する。 「閃貴、この子知ってる?」 「……いゃ、知らないけど、誰?」 「この子私の友達で、心菜(ここな)って云うの」 「はぁ」  閃貴は要領を得ていない。 「心菜って、部活が女テニなんだ」 「ふ~ん。で?」 「で? ……それはね、どうするかって云うと~、心菜送信!」  心菜と呼ばれた子が送信ボタンを押す。  告白、動画、女テニ、送信とここまで来れば、閃貴も何をされたのかが分かって来た。   「ちょっっ、心菜さん? 今、何を、何処に送信したのかな?」 「え~っとぉ。美緒が閃貴さんに告白して、了承した動画を、女テニのグループラインに上げただけど……」  閃貴の額から、汗がにじみ出る。  こっ、この女は、女子テニス部のグループラインに、今の告白を送ったのか?  まて、そんな事をされたら。  次の瞬間、閃貴の電話が鳴る。  閃貴の電話には、発信者『横山ヱル』の文字が大きく中心に表示されている。  ……あぁ、俺なんて云おう。何を云ってもダメな気がする。  閃貴が電話に出るのをためらっていると、閃貴の手から稲垣がスマホを取り上げた。  そして、緑のボタンを押す。 「閃貴! この動画どういう事!」  スピーカーにしていないのにもかかわらず、周囲に怒号が響き渡る。 「もしもし、横山さん。私1組の稲垣美緒って云います。この度閃貴とお付き合いする事になりましたので、よろしく」 『ちょっと、なんであんたが閃貴の電話に出るのよ』 「何故って、付き合っているからよ」  美緒はそうヱルに告げると、電話を切った。 「閃貴、これから、よろしくね」 「ちょっと、まってくれ。俺は君と付き合うなんて云ってない」 「え゙っ、そっ、そんなぁ。動画にまで撮っているのに、付き合ってくれるって云ったのは噓だったの?」 「いゃ、そういう訳では無いけれど」 「女心を(もてあそ)んだの?」 「いゃ、そうでも無いんだけどね……」 「じゃぁ、私の彼氏になってくれるのね」 「いゃ、その」 「男なら、二言は無いわよね。彼氏になってくれるのよね」 「……はぃ」  そして、その様子もしっかりと動画に収めていた美緒なのであった。
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