6人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
010 届けたい想いなので伝えてもいいですか?
「ねぇ、聖郎。お願いがあるんだけど、私のお願い訊いてくれる?」
1年1組の教室では、スティックパンを口に銜えた佐々木聖郎に対し、同じ中学だった、稲垣美緒が話し掛けてる。
佐々木はスティックパンを喉に流し込むと、今度は牛乳で喉を潤す。
「美緒。スティックパンって、パサパサなの知ってる?」
「うん。まぁ」
「いきなり話し掛けられても、答えられんわ!」
「お前さん、そう云い張りまりましても、私にものっぴきならない悩みがありましてねぇ。この悩み、ちょっと訊いておくんなはれ」
「ほう、その悩みとはいったい何なんだい?」
「おぉ。私の悩みを聞いてくれるのかえ?」
「いゃ、もう山門芝居はいいから。で、俺に出来る事なのかい?」
稲垣は、佐々木の前の席を陣取ると、椅子に逆向きで腰かける。
股を開いて、背もたれに両肘を付く。そして、少しだけ顔を佐々木に近づける。
「あのさ……」
小声で、佐々木にだけ聞こえる音量で声を発する。
「実はさ、私隣のクラスの閃貴が好きなんだけど、どうすれば付き合えるかな?」
その言葉を訊いた瞬間、佐々木の瞼が半分閉じる。
そして、ため息を吐きながら稲垣から顔を離す。
「悪いが稲垣、そりゃぁ無理だ」
「無理って云うなよ。同中だろ! 中学の時みっこ紹介したろ!」
「いゃいゃいゃ。そういう問題じゃ無くて、閃貴とは同じ部活だけど、アイツには幼馴染がいるんだよ」
「知ってるよ。ヱルちゃんでしょ」
「そうそう。1年2組の美女2トップ、正木聚楽と、横山ヱル」
「なに? 私がその二人に劣るていうの?」
「まて、まて、まて。別にお前が劣るとは云わないが相手が悪い。なんせおしどり夫婦なんて云われているんだぜ。どこに入る隙があるよ」
「だから、アンタに訊いているんでしょ。何とかしなさいよ」
「何とかねぇ」
佐々木は椅子に深く腰掛ける。
そして、背もたれに寄りかかりながら、座席の前足を上げる。
ゆらゆらと椅子を揺らしながら、天井を見上げて考える。
閃貴かぁ。同じサッカー部で仲はいいが……ヱルちゃんを差し置いて、他の誰かとアイツは付き合うかなぁ~。
……いゃ、まて、アイツの熱中すると、他が見えない性格を利用すれば……。
佐々木は天井を見上げながら、口元を緩める。
「ところでだ稲垣。成功報酬は、当然用意しているんだろうな?」
「当たり前よ。沙紀とデートでどぉ? あんた、沙紀の事好きなんでしょ」
「なっ、お前どこでその情報を……」
「フォーカス部を舐めないでよ」
「……いゃ、お前……新聞部だろう。フォーカス部って……物騒な名前だな」
「で、勝算は?」
「意外とあると思うぞ。因みに、沙紀とのデートは大丈夫なんだろうな」
「報酬を踏み倒したりはしはいわ。これでもジャーナリストの端くれよ」
「端くれって、まぁ、本当に末端だがな」
「やかましい。で、作戦は?」
そして、二人は作戦会議の後、放課後を待つ事とした。
● ● ●
「よぉ、閃貴。部活の前にちょっとモンスター・ドロップやらねぇ?」
「おっ、いいね。一狩いくか!」
そう話すと、二人は、学校のテラスに設置されているテーブル席へと移動した。
「よし、閃貴、ここでやろうぜ」
「いいよ」
二人はスマホを取り出して、協力プレイでモンスターを倒すゲーム、モンスター・ドロップを起動させた。
そして、二人がゲームに熱中している最中、閃貴の背後に忍び寄る女性が現れる。
そう、その女性とは稲垣美緒だ。
稲垣は同じクラスの友達に、閃貴と自分が背後から映るように動画を撮らせている。
そして、動画を撮影している友達に合図を送ると、稲垣はゲームに熱中している閃貴に話しかけた。
「ねぇ閃貴」
「ん?」
閃貴はゲームに熱中している為、空返事をする。
「私と付き合ってくれない?」
「うん」
またしてもゲームに熱中しているので空返事をする。
「じゃぁ、私達、今日から恋人同士ね」
「うん……うん?」
はっとした顔で、閃貴が稲垣の顔を見る。
「おっ、俺、今なんて答えた?」
「えっ、何てって、私と付き合うって。ほら、動画もあるよ、見る?」
「ちょっっ、いや、見なくていいけど。付き合うって、俺が稲垣さんと?」
「うん」
慌てふためく閃貴。
そして、それを横目に、稲垣は動画を撮影していた友達を紹介する。
「閃貴、この子知ってる?」
「……いゃ、知らないけど、誰?」
「この子私の友達で、心菜って云うの」
「はぁ」
閃貴は要領を得ていない。
「心菜って、部活が女テニなんだ」
「ふ~ん。で?」
「で? ……それはね、どうするかって云うと~、心菜送信!」
心菜と呼ばれた子が送信ボタンを押す。
告白、動画、女テニ、送信とここまで来れば、閃貴も何をされたのかが分かって来た。
「ちょっっ、心菜さん? 今、何を、何処に送信したのかな?」
「え~っとぉ。美緒が閃貴さんに告白して、了承した動画を、女テニのグループラインに上げただけど……」
閃貴の額から、汗がにじみ出る。
こっ、この女は、女子テニス部のグループラインに、今の告白を送ったのか?
まて、そんな事をされたら。
次の瞬間、閃貴の電話が鳴る。
閃貴の電話には、発信者『横山ヱル』の文字が大きく中心に表示されている。
……あぁ、俺なんて云おう。何を云ってもダメな気がする。
閃貴が電話に出るのをためらっていると、閃貴の手から稲垣がスマホを取り上げた。
そして、緑のボタンを押す。
「閃貴! この動画どういう事!」
スピーカーにしていないのにもかかわらず、周囲に怒号が響き渡る。
「もしもし、横山さん。私1組の稲垣美緒って云います。この度閃貴とお付き合いする事になりましたので、よろしく」
『ちょっと、なんであんたが閃貴の電話に出るのよ』
「何故って、付き合っているからよ」
美緒はそうヱルに告げると、電話を切った。
「閃貴、これから、よろしくね」
「ちょっと、まってくれ。俺は君と付き合うなんて云ってない」
「え゙っ、そっ、そんなぁ。動画にまで撮っているのに、付き合ってくれるって云ったのは噓だったの?」
「いゃ、そういう訳では無いけれど」
「女心を弄んだの?」
「いゃ、そうでも無いんだけどね……」
「じゃぁ、私の彼氏になってくれるのね」
「いゃ、その」
「男なら、二言は無いわよね。彼氏になってくれるのよね」
「……はぃ」
そして、その様子もしっかりと動画に収めていた美緒なのであった。
最初のコメントを投稿しよう!