002 決めるならジャンケンをすればいい!

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002 決めるならジャンケンをすればいい!

 4月7日、午前7時30分、尼崎(あまがさき)家前。   「おはよう閃貴(せんき)」 「あぁ、おはようヱル」  そう、今日は、高校の入学式だ。  ヱルと同じ高校に通う事となったおれは、自分の両親及びヱルの両親と共に入学式へといくこととなった。   「そうだヱル。入学する前に一言云っておきたい事があるんだ」 「ん……なに?」 「いゃ、高校は、知らない人ばかりの集まりだろう」 「うん」 「だから、幼馴染ってのは隠しておきたいんだ」 「……なんで?」 「色々支障が出ると思うんだ。友達関係とか」 「そぉ?」 「ほら、お前だって彼氏を作ろうと思ったら、俺が邪魔だろう」 「……ふ~ん、つまり、私がいると彼女が出来ない……と、そい云う訳ね」 「いっ、いゃ、そうとは云っていないけどぉ……」 「ふ~ん、まっいいわ。閃貴が望むならそうしてあげる。学校では私たちは他人ね」 「あぁ、たのむ」  こうして、俺たちは学校へと向かうのだった。    午前10時。ついに、神奈川県立南東箱根高等学校の入学式が始まった。  代わり映えの無い、校長の挨拶。  当たり障りの無い、司会進行。  (おごそ)かな空気が流れる中、俺の入学式は無事に終了した。    ただ噂によると、去年は一人だけコートを着用したまま出席した生徒がいたらしく、どよめきが止まない入学式だったらしい。  個人的には、そういったファンキーな人間は好きなのだが、今年はそういった変わり者の姿は見当たらない。  ……少し残念だ。  もし、まだ在学しているのであれば、そのファンキーな先輩に、是非お会いしたいものだ。    体育館でのセレモニーが終わると、俺達はそれぞれのクラスへと移動した。  クラスでは、担任の先生が教壇に立ち、自己紹介を始める。 「今年一年、皆の担任をする山田だ。宜しく。で、早速だが一言ずつ自己紹介をしてもらう。じゃ、端から頼む」    慌ただしく始まった自己紹介だが、()()()に座って居るのは、何を隠そう、この俺だ。  俺、尼崎閃貴(あまがさきせんき)は、自己紹介の先頭バッターを任された。  それにしても、何かにつけて、あいうえお順と謂うのは止めてもらいたい。  好きで『あ』から始まる名字に生まれたわけではない。  そこで俺は考えた。 「先生、俺、小中と何かにつけて、いつも自己紹介とか一番手なんですよ。たまには一番最後からと謂うのはいかがでしょう」 「あー、別に先生としては、どちらでも構わないが……」 「そうですか。では一番最後の横山ヱルさんからお願いします」  すると、ヱルがガタッと勢い良く立ち上がった。 「なにをおっしゃいますか。尼崎閃貴くんから自己紹介を始めるのが、筋ってなものでは無いですか?」 「いゃいゃ、()()さんから、是非お願いしますよ」 「いぇいぇ、私みたいなモブキャラからでなく、カッコいい()()君からどうぞ!」  きりがないと感じたのか、ここで先生が口を挟んできた。 「別に、どちらでも構わない。ジャンケンで決めてくれ」 「いいでしょう」 「いいわよ」  フフフ、相手がヱルなら遠慮はいらない。悪いが勝たせてもらう。  俺はジャンケンの構えをする。  すると、ヱルもジャンケンの構えをするかと思ったが、グーの拳を作り上に掲げている。 「閃貴、私はグーをだすわ。貴方は何を出すの?」  ふっ、下らない挑発だ。  どうせ俺がパーを出すと云えば、チョキでも出すつもりなのだろう。  俺はその裏をかけばいい。つまり、俺はグーを出せば、勝てることとなる。 「ヱル、俺はパーを出す」 「いいわ、じゃあ始めましょう。私は閃貴がパーを出すと云った事を信じるわ。男に二言は無いでしょうしね。ここで閃貴が男を見せずに、パー以外を出そうものなら、入学そうそう、嘘つき閃貴、いゃ、チキン閃貴の名前が定着するでしょうね。――それじゃあ、ジャンケン!」  ――あっ、あいつの狙いはこれか! ここで俺がパー以外を出そうものなら、入学そうそう何を云われる事か。  間違いなく、情けないとか、ダサって云われるぞ。  それは避けたい。  ……くっ! 「……はぃ、じゃぁ、尼崎から自己紹介始めて」 「分かりました」  俺はコントラバスの様な低音で返事をする。  そして、肩を落としながら自己紹介を始めたのだった……。    ツンツン。  俺の後ろの席の内田が俺の背中をつつく。 「なんだ?」 「お前さぁ、横山さんとの関係って、何なの?」 「同じ中学ってだけだけど……なんで?」 「いゃ、さっき名前で呼び合っていただろう。親しい中なんだろうなぁって思ってさ」  ――しまったぁぁ。つい興奮して、ヱルって呼んでしまった。  ちぃ、まずいぞ。こんな所で、バレる訳にはいかない。  高校では、お荷物ヱルを切り離して、彼女をGETするのだ。――この作戦を、潰す訳にはいかない。  俺は、バラ色の高校生活を、送りたいんだぁぁあああ!  ……よし。あくまで、知り合いって(てい)で誤魔化そう。 「……あぁ、うちの中学では、苗字じゃなくて、名前で呼ぶのが普通だったんだよ。……だからさ、別に珍しくないぜ」 「ふ~ん、そんなもんか」 「内田の中学はそうじゃないのか?」 「……うちは違ったかな」 「まっ、場所の差ってやつだな」  よ~し、誤魔化せた。  これで、俺の計画は元に戻った。  ヱルとは赤の他人になれたぜ。フフフ 「……でもよぉ、横山さんは、そうでも無さそうだぜ」  なに!  俺は、慌ててヱルの方に顔を向ける。  すると、ヱルは、数人の女子と談笑をしている様だった。 「あぁ、閃貴? あれは幼…………じゃなかった。他人って事になってんだったわ。中学時代、ただ、同じクラスって設定なので、話合わせてね。ケラケラ」  …………あっ、あいつ、俺の事を、友達作りのネタにしてやがる。 「って、事みたいだけど……。尼崎、実際のところ、どうなんだ?」 「ハハッ。どうなんだろうね?」    ……あいつ、後で泣かせてやる!
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