003 足りなければ伸ばせばいい!

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003 足りなければ伸ばせばいい!

閃貴(せんき)! 早く降りてらっしゃい! ヱルちゃん待っているわよ!」 「おばさん、大丈夫ですよ。まだ時間ありますから」 「いつもごめんね。ウチのバカ息子が寝坊助で。それにしても、もう高校生になって2週間ね。ヱルちゃんは部活きまったのかしら?」 「そうですね、テニス部にでも入ろうかと思っています」 「あらいいわね~。青春よね~」  なんか玄関先で、勝手に和気藹々と話をしている。  女ってのは、よくもまぁ、毎日くだらない会話が出来るものだ。そんなに話すネタあるかねぇ? 朝なんて、お早う以外になに話すよ? ……ホント俺には理解不能だ。 「閃貴、ほら、早く行きなさい!」  母ちゃんも、いつも朝から元気だ。何処からそんな元気が出て来るのやら……。  その元気、少しは献血センターで、血と一緒に抜いて来て貰いたいものだ。  俺は、そんな事を考えながら、革靴に足を入れる。 「……そんじゃまぁ、行ってくるわ」 「ヱルちゃん、バカ息子よろしくね」 「はい! 任されました!」 「勝手に任されるんじゃねぇ」  俺は、母ちゃんに敬礼をしているヱルを背中に置いて、玄関扉を開けた。  春とは謂え、まだ四月の半ば。朝はちょっと肌寒い。  俺は、澄んだ空を見上げながら、スクールバッグを肩に掛けて、バス停へと歩き出した。  ん~、春の空って、なんでこんなに青いのかね~。 「……って、閃貴……ってばぁ」  ん? 誰かが俺を呼んでいる?  俺は、誰かに呼ばれた気がして、その場で足を止める。……すると……。  ゴフゥゥゥウウウウ! 「がっ! 痛てぇ!」  背中に痛烈な衝撃が走る。  俺は痛みの正体を確認すべく後ろを振り返ると、そこには足蹴りをしているヱルの姿があった。 「なんで勝手に行っちゃうのよ! ちょっと待ってって、云ってるでしょう!」  般若の様に怒っているヱルは、制服を正すと、俺の前に立ちはだかった。 「すまない、ちょっと空が青いな~って考え事をしながら歩いていたのでな」 「ふ~ん。まっ、いいわ。考え事をすると、回りの物が見えなくなるのは、昔からだしね。それよりも閃貴、私より背が高いんだから、私と歩調合せてよね!」  ……背が高い。そうか、俺はいつの間にかにヱルよりも背が高くなっていたんだな。  家がお隣で、小学生の時から、ずっと身長が負けていたけど、そう謂えばヱルの身長は中学生の時から伸びていない気がする。 「そういえば、ヱルって、身長いくつなんだ?」 「ん? 私? 158かな」 「へ~、体重は?」 「体重は……って、云うか!」  ゴフゥ!  今度はヱルのパンチが俺の腹にクリーンヒットする。 「ゲホゲホ。悪かった。つい流れで聞けば教えてくれるかと」 「教えるか!」 「じゃぁ、代わりに胸囲を教えてくれ」 「胸囲はねぇ……って、それこそ教えるか!」  ゴフゥ!  再び、ヱルのパンチが俺の腹にヒットする。 「……さて、バカな事云ってないで、私はともかく、それこそ閃貴は身長幾つなのよ?」 「ん? 俺? 確か……171かな?」 「171かぁ……すっかり抜かされちゃったわねぇ」 「そうだな。小学生の頃はお前に随分とチビチビ云われたからなぁ。お前を見下(みくだ)していられるこの身長は最高だよ」 「み・く・だ・す? み・お・ろ・すじゃなくて?」 「そう。お前を見下しているのは気持ちがいいんだよ。フフフ」 「……ふ~ん、そういう事を云うんだ~」  そうヱルは言葉を吐くと、目を細めて、少しだけ意地の悪そうな微笑を浮かべた。  俺は何となく嫌な予感がすると感じるも、次の瞬間ヱルは俺との距離を10センチ程までグッと縮めて、スッと背伸びをした。  そして、俺の胸にトンっと両手を当てたかと思えば、唇がふれ合う程まで顔を近づける。  ヱルの吐息が、俺の半開きの口の中に入って来る。 「……でもさ、キスをするのには、この位の身長差が丁度いいんじゃないの?」  あわあわぁぁぁあ。  ちくしょう、俺の耳が、とてつもなく熱くなっているじゃねぇか。   「バッ、バカな事云ってんじゃね~よ!」  俺は、ヱルを引きはがすと、クルリと反転して、速足にバス停へと歩き始めた。 「ちょっ、ちょっと待ってよぉ~。なに照れているのよ~」  なんてこった。肌寒い朝だったはずなのに、体が熱くて仕方ない。  今度はさっきとは違って、ヱルが俺を呼び止めている声はハッキリと聞こえる。  しかし俺は、あえてそれを無視して、バス停へと早足で歩くのだった。
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