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006 誕生日プレゼントは考えた方がいい!
どうして、6月ってのは、こうも日が長いのだろう。
なんというか、時間の感覚がずれてしまう。
部活が終わっても、日が高いのはありがたいが、あまりにも日が高いので、どこかに遊びにいきたくなる衝動が抑えられない。
俺はそんな事を考えながら、昇降口へと向かった。
すると、ちょうど女子テニス部も終わったみたいで、幼馴染のヱルが、下駄箱から靴を出していた。
「おぉ、ヱル。ヱルも今帰りか?」
「そうよ。閃貴も帰るの?」
「そうだけど」
「じゃぁ、一緒に帰らない?」
まっ、ヱルの家は俺の家の隣だから、わざわざ断る理由も無い。
そんな訳で、俺はヱルと一緒に帰る事を了承した。
「そういえば、ヱルって、そろそろ誕生日じゃ無かったか?」
「そうだよ。6月6日……なんかプレゼントくれるの?」
「あぁそうだな。何がいい?」
すると、ヱルは、怪しげな笑みを浮かべる。
「フフフ。ほら、私もう高校生じゃない」
「――1年生だけどな」
「大人の女性な訳よ」
「――江戸時代ならな」
「いちいち、うるさいわね! いい、私はもう、大人の女性なの。大人の女性に相応しい物でないと受け取らないわよ」
俺は顎に手を当てて、考えた。
大人の女性……ねぇ。
すると、ふと、先日姉ちゃんが話している事を思い出した。
そういえば、姉ちゃんはこんな事を云ってたな。
『いい、閃貴。もしヱルちゃんが、大人の女性なんだからって云ったら、大人の女性に相応しいあれを薦めるのよ』と。
ヱルの誕生日に、大人の女性なら欲しがる物を、わざわざ俺にアドバイスをしてくれていたのか。
ありがとう、姉ちゃん。
「OK。分かったよヱル。大人の女性が欲しがるもの」
「えっ、お子様の閃貴に分かるの?」
「フフフ、俺には大学生の姉ちゃんがいるからな。こんなこともあろうかと、聞いておいたのだよ」
「へ~、千花さんがね~。で、なに?」
俺は、ヱルに人差し指を突き刺して、自信ありげに答えた。
「お前の欲しいモノは、『ピンクのプルプルするやつだ!』」
ボゴォォォオオオオオ!!!
ヱルのボディーブローが、見事にみぞおちにヒットした。
「ごはぁぁああ……しっ、死ぬ……」
「あんたねぇぇぇえええ、知ってて、聞いているの?」
ヱルの顔が赤面しながら、怒っている。
器用な奴だ。
「いゃ、姉ちゃんが、もしヱルが『大人の女性だから』と云ったら、それを薦めろと……」
ヱルが頭を抱えた。
「すまない、もしかして、もう持ってたか?」
「も、も、も、持ってる訳ないでしょぉぉう!」
ヱルがおれの頬っぺたを引っ張る。
「いはい、いはい」
俺は、真っ赤になった頬っぺたをさすった。
「そうか。持ってないのか。じゃぁ、有線と無線、どっちがいい?」
再び、ヱルが俺の頬っぺたを引っ張る。
今度はひねり付きだ。
「あ・ん・た・ねぇぇえええ!! 知ってて聞いている訳?」
「いはい、いはい、はんのほほ?」
俺は、血豆になりそうなほどつねられた頬っぺたをさする。
まったく、姉ちゃんは、何を俺に教えたんだ?
そういえば、もし、ピンクのプルプルでヱルが怒ったら、アレなら喜ぶって云ってたな。
「ヱル、ゴメン。姉ちゃんが、もしピンクのプルプルでヱルが怒ったら、『電動コケシ』はどうか? って聞けって云ってたけど、どっ……ゴハァァァアアアア!!」
ヱルの右フックが俺の顔面に炸裂した。
「ふぅぅ、ふぅぅ。この怒りは何処へ向ければいいのかしら。千花さんかしら?」
「知らねぇよ。俺は姉ちゃんのアドバイス通りに話しているだけだ」
「……あんたみたいなお子様は、少しは勉強しなさい」
「……ちゃんと、宿題とかしているけど……」
「そうじゃない!」
なぜだろう。ヱルが頭を抱えている。
「ところで、ヱル」
「なによ」
「さっきの『ピンクのプルプル』とか、『電動コケシ』とかって、どこで売ってんだ? ヤジマ電気とかか?」
ヱルが両手で頭を抱え始めた。
「そんな物、量販店に売っている訳ないでしょう! 売ってたら大変よ! 苦情の嵐よ!」
「そっ、そうなのか?」
結局俺は、それらの物が何なのか分からないまま家に帰った。
● ● ●
コンコンコン。
「どうぞ~って、閃貴じゃない。どうしたの?」
「姉ちゃん、今日ヱルに誕生日プレゼント何が欲しいか聞いたんだよ」
「うん。それで」
「前に姉ちゃんが、ヱルが『私は大人の女性だから』みたいな事を云ったら、お薦めする物があるって云ってたじゃん」
「あぁ、ローターとバイブね」
「…………えっ?」
ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待て、今、姉ちゃんは何て云った?
ローター? バイブ?
いゃ、聞き間違えか?
もしそうなら、俺はとんでもない物をプレゼントしようとしたぞ。
「ん? えって? 前に話したプレゼントでしょ」
「いゃ、あの時は、『ピンクのプルプル』とか『電動コケシ』って云ってなかった?」
「あぁ、別名ね」
「まて、まて、俺はそんな物を薦めたのか?」
「えっ、あんた、本当にヱルちゃんに聞いたの? キャーーーー、ばっかでぇぇええええ! ケタケタケタ」
俺はその場に崩れ落ちた。
「あんた、もう口きいてもらえないわよ」
プルプルプル。
俺は拳を握りしめる。
「お前のせいだろうがぁぁぁああああ!!」
俺はこの時、二度と姉ちゃんの助言は聞かないと、心に決めたのだった。
● ● ●
それから二日後、俺はヱルの家を尋ねた。
ピンポーン
「はーい、って閃貴じゃないの。何か用?」
インターフォンから、冷たく、かつ棘のある幼馴染みの声が俺の心を突き刺す。
「あの……少しいいかな?」
気弱な男子が、クラスの中心となっている女子にお願い事をするような、弱々しい声で俺はヱルを呼び出した。
「…………いいけど…………」
その言葉を最後にインターフォンが切れた。
俺が門の前で少し待っていると、ヱルは中学の体育着と謂った部屋着で出てきた。
「で、何か用かしら?」
やはり言葉に棘がある。
「あっ、その誕生日プレゼントを持ってきたんだけど……」
その言葉を聞くと、ヱルは、俺の事をカビた雑巾を見るような目を向けてきた。
「はぁ? プレゼント?」
「あっ、いゃ、前回話していたような物ではないから安心して」
しかし、ヱルの警戒体制は、解除する気配がない。
「ホント、一応姉ちゃんと一緒に買いにいって、これは俺が何種類もの中から探しだした物だから。ね」
「ふーん」
俺はプレゼントを手渡すが、ヱルはそのプレゼントを受け取る気配が感じられない。
「あっ、いゃ、中身は香水ですから、安心して下さい」
すると、やっとヱルは、手を出して、プレゼントを握ってくれた。
「開けてもいい?」
「もちろん。一応何種類もの香水を嗅いで、俺が一番好きなにおいを買ったんだけど…………」
ぴくっ。
ヱルの動きが一瞬止まったように感じられた。
「へ~、閃貴が探し出した、一番好きなにおいなんだ」
「そっ、そうだけど、嫌だったかな……においが気に入らなかったら、使わなくてもいいし…………」
「……いゃ、閃貴の好きなにおいを、探しだす手間が省けたので良かったわ」
「…………? どういう意味だ? それ」
「……あんたには、分からなくて良いのよ」
ヱルが呆れた顔を作り出す。
「よくわかんねぇなー」
「分からなくて良いのよ。それよりも、これと同じ香水を着けている女に気を付けなくては…………コイツ単純だからコロリと行きそうだしね」
「なにがコロリなんだ?」
「あんたは、分からなくて良いのよ。じゃ、これ頂いておくから。ありがとうね」
そう云って、ヱルはまた玄関の中へと入って行くのだった。
……結局なんだったんた?
まっ、機嫌が良くなったみたいで良かったよ。
俺はもとの鞘へと収まった事に安堵して、自分の家へと帰って行ったのだった。
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