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001 制服は入学式前に着てみればいい!
ピンポーン!
我が家の呼び鈴が鳴った。
郵便屋でも来たのか?
俺はそんな事を思いつつも、ソファーで横になりながら、スマホをいじり続ける。
しかし、平穏とは長くは続かない。すぐに崩されるのが世の習わしだ。
もっとも、15年も一緒にいると、なんとなく、そろそろ下命が下される事と想像がつく。
ボチボチ来るぞ。3、2、1。
「閃貴、あんたボーっとスマホいじっているなら、玄関出なさい!」
ほら来た。
俺は、我が家の裏ボスからの命令により、渋々温くなったソファーから腰を上げる。
それにしても、誰だこんな春休みの昼間に来るやつは。
……あぁ~、この時間だと宗教の勧誘とかか……。
俺は、勝手に宗教の勧誘と決めつけながら、玄関扉を鍵を捻った。
「すみません、ウチはもう決まっている宗教がありますので、間に合っています」
「こんにちは」
……あれ? 俺が想像していた声は、50代のおばさんの声だったのだが、それとは打って変わり、若い女性の声が聞こえる。
俺は、足元から徐々に顔を上げていく。すると、そこには真新しい制服に身を包んだ、女子高生が立っていた。
しかも、よく見ると、いゃ、よく見なくてもお隣の横山ヱルではないか。
俺は、その姿をボーっと見る。
「あっ……………………」
しまった、柄にもなく見とれてしまった。
「おーい、閃貴、どうした?」
ヱルが、俺の顔の前で、手を左右に振る。
「おーい、閃貴。大丈夫か?」
「……あぁ、すまない。勧誘なら間に当ってます」
そう云って俺は玄関扉を閉める。
「チョットまてい!」
扉が半開きの常態で止まる。
そして、今度は逆再生の様に、閉まりかけていた扉が、ヱルの力により開かれる。
「なんで、閉めちゃうのよ!」
「……なんでって、なんか用か?」
俺がそう話し掛けると、ヱルはその場でクルリと一周回って見せた。
しっかりと糊付けされたプリーツが、野に咲く花の様にふわりと広がる。
よく可愛らしい女性は、花の妖精と比喩されるが、そうか……世の人間は、これを表現していたのだな。
俺は先人たちの例えに対して納得すると共に、ヱルに見とれて、言葉を無くした。
「ほら、どぉ?」
「……どぉ? どぉって云われても、何が?」
「制服よ、せ・い・ふ・く・!」
「……あぁ、すまない、制服な、制服。うん、新しね」
ヱルの瞼が、呆れた様に、半分閉じる。
「そりゃぁ、そうでしょうよ。この春から新高校生なんだから、制服くらい新しいわ。……ってそうじゃなくて、似合っているかって事! どう?」
「よく分かんねぇけど、似合ってんじゃないの? パッツン、パッツンになってねーし」
「買って早々にパッツン、パッツンであってたまるか! 私は、ドンだけ太りやすいのかって話しになるわ!」
俺とヱルが、そんな取り留めの無い会話をしていたところ、玄関先に俺の母ちゃんが現れた。
「あら、いらっしゃいヱルちゃん。って、高校の制服じゃない。わざわざ見せに来てくれたの。かわいい~」
「おばさん、こんにちは。かわいいって云ってくれると、わざわざ見せに来たかいがあります。……でも、まっ、そこの朴念仁はかわいいって云ってくれませんでしたけどね」
「ヱルちゃん、ゴメンね。このバカは照れているのよ」
「いゃ、いゃ、ちゃんと似合ってるって云ったらろ!」
……ん? なんだこの話の流れは。
これでは俺がテンプレ・ラブコメの主人公みたいでは無いか。
なんとなく、ヱルに主導権を握られた会話と謂うのは面白くない。
そうだ、俺は、云う時は云う男だ。ガツンと云ってやる! ちょっと褒める事くらい朝飯前だ。
俺は幼馴染にマウントを取られない様に決心をする。
「じゃぁ、かわいいって云ってよ」
「……ぅ」
「ほら~、ねぇ。云えないじゃない。って事はさぁ、私の事、かわいいって思っているんでしょぉ~。素直になりなよぉ~」
いちいち云い方がイラつく。
例えば、「かわいい」って俺が云えば、『やだぁ、私の事好きなの?』とか云ってからかってくる。しかし、「かわいくない」って云えば、今度は『素直じゃ無いんだから~』とか云ってきて、やはりからかう。
つまり、どっちに転がっても俺をからかうのは変わらないのだ。
ホント、気に入らない。
しかし、答え無くてもどっち道、からかって来る。
何かしらの答えを云わなくてはならないってのは、面倒だ。
「はぃはぃ。確かに制服は可愛いです。制服を見せに来て、制服が可愛いって云っているのだから、これでいいですか?」
「――ん~~なんか納得いかないけど、まぁ許してあげよう。閃貴も思春期の男子だからね」
カチーン!
「ちょっとまて、同い年なのに、なんだその上から目線は」
ヱルのくせに生意気だ。
くそう。俺はいつもヱルのおもちゃなのか?
「じゃぁ、ちゃんと私の事、可愛い! って云って」
「……うっ」
「ほら、ちゃんと『ヱル可愛い!』 って云ってよ!」
「……ゎぃぃ」
「……え? 何て言ったの? 全然、聞こえないんですけど~~」
「……ヵヮィィ……ほら! これでいいかよ!」
「はぃはぃ。まぁいいわ。それで、許してあげるわ」
「……はぁ。……ところでさぁ、お前の制服って、結構ぴったりなのな」
「どういう事?」
「いゃ、俺は、もっとブカブカなのを買わされたからさ」
すると、母ちゃんが俺たちの会話に割って入る。
「そりゃぁ、男の子と女の子を一緒にしちゃぁダメよ。女の子は、これ以上そう大きくならないからね。アンタはまだ伸びるでしょう!」
「ふ~ん、そういうものか?」
「まっ、男の子と違って、女の子は別の場所がまだ成長するけどね~ヒヒッ」
「ちょっ、おばさん」
母親が、なんか変な目付きで、気持ち悪く笑う。
なんなんだ?
「閃貴、ほら問題だよ。ヱルのちゃんの何処が成長するか、分かるか?」
「……どこって、成長する場所か?」
「そう、そう」
俺は、母ちゃんが問題を出して来たので、ヱルをマジマジと見る。
「ちょっ、何見てるのよ! 変態!」
……おぃ、俺は、母ちゃんから問題を出されたから仕方なく見ただけで、勝手に変態扱いしないでもらいたい。
にしても、成長ねぇ……。うーん。
「って、いつまで見てるんだ、このバカ閃貴!」
いい加減、ヱルが恥ずかしがって、胸元を両手で覆い隠した。
すると、セーラー服が少し胸元に寄せられて、上着とスカートの間から、白いシャツが顔を覗かせた。
その行動を見て、俺はやっと気が付いた。
あぁ、そうか、そいう事なのか。
「俺、やっと分かったよ。成長するところ」
「って、今更かい! 遅いわ!」
ヱルが赤面する。
「すまん。……成長するところって、……母ちゃんと一緒で、『腹』だよな」
ボゴッ!
バキッ!
俺は、顔面とボディーの両方に、同時攻撃を受けた。
なぜ俺は、親と、幼馴染に殴られねばならない。
「……暴力はんた~い!」
「言葉の暴力を発したアンタが云うな!」
ボコッ!
再び母さんに殴られた。
おぃ、俺の立場が、低すぎやしないか?
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