第一章 夢終の梅雨

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第一章 夢終の梅雨

 中学生の頃から祐介とは幼馴染みだった。大学を卒業すると、私たちは両親の反対を押し切り、街の小さな教会で永遠の愛を誓い合った。 それぞれの夢と希望を胸に抱き、手を取り合い、新しい人生の章を歩み始めた。  私は、子どもの頃から和装を着て、神の前で誓いを立てる結婚式の夢を抱いていた。残念ながら、その細やかな夢は叶わなかったが、一切の後悔の念はなかった。  梅雨の季節を迎えると、結婚式の余韻に浸る間もなく、祐介は私に対して深い愛と寂しさを込めた言葉を遺した。「白無垢と綿帽子を着せられなくて、本当にごめん」と。その言葉は叶えられなかった私の夢に対する彼の心からの謝罪であり、優しい配慮だったのかもしれない。なぜなら、彼はもうこの世にはいないからだ。  あの日、祐介は神前結婚式でかぶる綿帽子に似た薄紅色に頬を染める幻の水芭蕉を探し求めていた。「撮った写真を百合子にも見せてあげたい」と八王子の奥地にある神伏渓谷へと足を踏み入れた。私も彼と共に、その神秘的な美しさをこの目で焼き付けたかった。  ところが、お腹に新しい命を宿していた私には、そんな自分勝手は許されなかった。仕方なく、我が家を守る決断をし、寂寥の涙を呑んで彼の帰りを待ちわびた。  だが、雨が強く降る夕刻、ニュースアナウンサーの声が冷たく家の中に響いた。それは、祐介が永遠に帰らぬ人となったという、信じられないほどの衝撃的な報せだった。雨による地盤の緩みと落石により、彼は崖から転落し命を落とした。  突然の訃報に、私は人目も気にせず、滂沱の涙をとめどなく流した。お腹の子の由香は、祐介に会うこともなく忘れ形見となった。私たちの結婚生活は、始まったばかりの夢のような時間だったのに、あまりにも早く終わりを迎えてしまった。
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