第三章 雨越えの道

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第三章 雨越えの道

 待ちに待った祐介の命日がやってきた。けれど、朝から日輪の神さまは顔を見せず、まるで天が私の期待を裏切るようにあいにくの大雨となっていた。本当に雨なんか大嫌いだ。  それでも、私たちは彼に会いに行くための準備を進めた。雨上がりの空気は清々しく、新たな始まりを予感させる。迷いは一片もない。今日、このひとときだけが祐介に会える唯一の機会なのだから。  そんな私の決意を感じ取ったのか、愛娘もハイキング用のリュックにお茶とおにぎりを詰め込んで、小さな胸に秘めたような熱い想いを語り始めた。 「パパに会いに行くんでしょう?  由香もおいていかないでね!」  私たちは高尾へと向かう快速電車に乗り込んでいた。目指すは、祐介が草葉の陰から見守る聖地の『黄泉ヶ淵』。けれど、実際にその美しさを目にした人は少ないのだろう。私たち自身も、初めて訪れる場所だ。 「由香ちゃん、パパが待ってるから、早く行こうね」  私は由香の手を引きながら、そう言った。 「うん、ママ。私、頑張るから」  彼女は、底抜けに明るい笑顔を私に向けてくれた。私はその笑顔にいつも救われていた。 「由香、聞いて。ここからは神伏渓谷の険しい山道だよ。大丈夫?」 「ママ、心配しないで。こんなの楽勝だよ」 「パパはどこにいるの?」 「森の奥で神さまと一緒に眠っているよ」  私は、祐介が神伏渓谷の奥深くにあると伝えられる『黄泉ヶ淵』の森で待っていると確信していた。   「ふうん……。早く会いたいな」 「そうだね。きっと会えるよ」  鬱蒼とした森をまっしぐらに歩み続けた。足元は不確かで、靄が立ち込め、周囲は幽玄の世界へと変わりゆく。いつの間にか本来の目的地である神伏渓谷からはぐれたのだろうか……。
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