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第五章 かわらけの約束
私の心の叫びは、山伏の厳しい現実によって突如打ち消された。彼らの中のひとりが、突然に私を呼び止めたのだ。
「おい、そこの女。今宵は山伏たちの夜祭りの日だ。神々に縁のない常人は、この先へは進めん。神の掟を破る者は、容赦なく縛り上げられるぞ!」
その言葉に、私の心は恐怖で震えた。彼の手には弓矢が握られており、その鋭い眼差しは私を射貫くかのようだった。しかし、幸いなことに、年長者の頭領らしき男が間に入って取りなしてくれた。
「止めろ! 女や子どもを虐めるなど、山伏のすることではない。お前たちは、なぜここに来たのか?」
年長の男は、見るからに優しさを湛えた修行僧だった。私は、これまでの経緯を包み隠さずに全て話した。それは、まるで懺悔のような告白だった。彼は陰陽師の家系を引き継ぐ、第29代目にあたる安倍晴成だと名乗ってくれた。
「身命を賭してでも、亡き者に会いたいというのか。それは立派な志だ。特別に許可しよう。だが、日暮れまでの時間だけだぞ。約束は守れるな?」
「はい、心から感謝します」
私は、彼に深く感謝の意を表した。日没までなら、まだ時間が残されている。
「さて、お前たちはどこへ向かう?」
「水芭蕉が咲く池のほとりを目指しています」
「ふむ……それは黄泉ヶ淵のことか。ここからはまだずっと先で……」
彼の話によると、その浅瀬には水芭蕉が美しく咲き誇り、深い底には死者が眠るともいう。だが、そこに至るまでには数々の難関が待ち受けている。湧き水を飲むなど、絶対にしてはならないことだ。途中で鎖に頼り、鉄梯子を登らねばならない難所もある。子連れで、本当に大丈夫かと心配してくれた。
「はい、どんな困難も乗り越えます」
「いずれにしても、そこは常人が近づけない聖地だ。ああ、大切なことを忘れていた」
彼は話しながら、慈愛に満ちた手つきで帽子を取り、その中から三枚の「かわらけ」を取り出して私に差し出した。
その頭襟は魔除けの力を秘めており、手の平よりも小さなお皿を模したかわらけは、この聖地を通るための貴重な通行手形となるものだった。割ったり濡らしたりしたら、役に立たないものだと教えてくれた。
目と鼻の先の祠の地道祖神に、彼から託されたかわらけを一枚捧げた。由香は得意げにお地蔵さんの膝元にかわらけをそっと置き、両手を合わせて、「ママ、これでいいの?」と小さな声で問いかけた。
彼女の無邪気な笑顔が、私の心を暖かな光で満たし、愛しさで心を溢れさせた。その瞬間、まるで重い扉が静かに解放されるように、私たちの前に広がる道が明るく開けていった。
深い静寂が漂う森の中、神秘に包まれた小道を歩む私と由香。愛する祐介との再会を信じ、どんな試練も勇敢に乗り越える決意で、私たちは一歩一歩を踏み出していく。
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