光を、僕に少し分けてもらえませんか?

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光を、僕に少し分けてもらえませんか?

「こんにちは」 「こんにちは」 「はじめまして」 「は、はじめまして。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願いします。今日は、どんなことを聞きに来てくださったんですか?」 「ああ……あの、今後の人生というか。ちょっといま路頭に迷い中で」 「そうなんですね。具体的に聞きたいことは、なんでしょう?」 「えと、こうしたほうがいい、ああしたほうがいい、みたいなのを。今の人生が少しでも好転する何か、参考と言いますか。ふわっとしててすみません」 「分かりました。大丈夫ですよ」 「あ、それと。ネットで一応確認してきたんですが、料金はご相談って書いてあって……」 「ああ!そうそう。そうなんです。お金はいりません」 「……え!?」 「そのかわり、いただきたいものがあるんです」 「え、なん……でしょう」 「あなたの目の奥にある光を、僕に少し分けてもらえませんか?」 「……え?俺の?目の奥?光?」 「はい」 「……え、あ、いや……え?どういう……」 「僕はあまり目がよくなくて、黒しか知らないんです」 「目が?えっ、失礼ですが、目が見え……ないんですか?」 「あ、まあ。そんな感じです」 「……」 「大丈夫です。他の部分で視てますから」 「……え?目以外でですか?」 「はい」 「なんだか少し怖くなってきました」 「大丈夫です。僕はあなたに指一本触れませんし、あなたの体に影響が出ることもないです。ただ……」 「ただ……?」 「ちょっと覗かせてもらうだけです」 「えっ、どうやって?」 「僕の目を10秒間見てくれるだけでいいです」 「あっ、あの。すみません。まだよく分かりません。光ってどういうことですか?」 「僕は黒しかしらない。この世界にはいろんな色があるんでしょう?それを見てみたいんです。そのために、人から光を少しずつもらって、それで僕の真っ黒なこの世界を明るく照らしてみたいんです」 「……」 「あなたの目の奥にはいくつかの光がある。それをいただくことで、僕があなたに提供することの対価とさせていただきたいのです」 「光って……それをあげたとして、俺には影響ないんですよね?」 「体には影響でません」 「体には?」 「はい。心は、少しだけ暗くなるかもしれません」 「えっ……」 「大丈夫です。あなたはすぐに、僕にくれる光以上の光が補充されます」 「え、そういう未来が待っているってことですか?」 「はい」 「……すみません……まだいろいろわからないんですが……。でもまあ、体に影響が出ないのなら」 「ありがとうございます」 「少し怖いですけど」 「大丈夫」 「はあ……」 「じゃあ、今からあなたが欲しいであろう、僕の言葉をお伝えしますね」 「え!もう?なんか、道具とか呪文とか唱えるのかと思いました」 「それは僕には必要ありません。あなたに会った瞬間から、あなたに言うべきことが分かりましたので」 「え……」 「あなたのその靴の裏」 「え?靴の裏?」 「はい。裏を見て下さい」 「裏?……えっ、あれ?……なにこれ。ピアス?」 「そのようですね。ピアスが靴の裏の溝に入り込んでる。ミサンガでしょうか?紐もついてますね」 「うわー、気づかなかった。どこで踏んじゃったんだろう」 「そのピアス、探している人が、いるようですよ」 「え……そうなんですか?でもどうやって返せば」 「大丈夫。今から僕が言う場所に行ってみて下さい」 「え、そこにこのピアスの持ち主がいるんですか?」 「はい。きっといます」 「ああ、わかりました。どこですか?」 「◯◯県の……」 「ちょちょっ、ちょっと待って下さい。流石に遠いです。無理です」 「ああ……まあ、遠いですね。でも電車に乗れば2時間ほどですよ」 「あ、まあ、そうですけど……」 「どうしますか?」 「これって落とし物を届けるようなもんですよね?これのどこが俺の人生に役立つ……んですか。すごく疑問というか。あの、すみません失礼な言い方で」 「いいんですよ。そう思いますよね。すみませんが、それは後になってからわかることなんです」 「えー……。うーん……」 「あなたはいま、路頭に迷っているんですよね?」 「え?ああ、まあ。そうなんですけど」 「そんな大きな悩みからしたら、落とし物を届けるくらい、容易いことだと思いませんか」 「いや、落とし物を落とした主に届けるって、しかも電車で2時間。それに本当にそこにいるかどうかもわからないのに届けに行くなんて、流石に即答できないです。……迷いますよ」 「ああ、確かにそうですね」 「……そうですよ」 「じゃあ、そのピアスを僕にいただけますか?」 「えっ、あ、はい」 「ありがとうございます」 「ピアス、どうするんですか?」 「僕が届けます」 「え?だってあなたは目が……」 「大丈夫ですよ。目で見なくとも、他で視ますから。なんとかなります。普段だって、普通に暮らしていますし」 「……」 「じゃあ、今から違う言葉を……」 「ちょっと待った」 「はい?」 「俺、行きますよ」 「……」 「俺の靴の裏に挟まってたわけだし、あなたは目が不自由だし、それにあなたの言った通り持ち主に届ければ、俺の人生良くなるかもしれないんですよね?」 「はい」 「じゃあ……やりますよ」 「分かりました。あなたは優しい人ですね」 「いや、自分の人生に役立つと思ったからするだけで、俺は利己的ですよ」 「いいえ、僕の目を気にして下さった」 「いや、それは……。じゃあ、さっそく今日行ってきます。まだ午前中だし、時間あるし」 「そうですね。その県の、ここにいますから」 「あれ?これ観光施設だ。前に行ったことあります」 「ああ、それはよかった」 「はい。行き方は頭に入ってます」 「ふふ」 「えっと……じゃあその、光ってのはいつあげればいいんですか?」 「いつもはお話しした後にいただくのですが……そうですね。戻ってきてから、でもいいですか?」 「あ、ここにですか?」 「はい」 「分かりました。じゃあ、行ってきます」 「はい。行ってらっしゃい」 ---------- 「ああ、おかえりなさい。お待ちしておりましたよ」 「……はい」 「大変だったでしょう」 「あ、まあ」 「どうでしたか?持ち主と会えましたか?」 「……会えました」 「それは良かった」 「……」 「どうしましたか?」 「俺、すごく嬉しくて」 「そんな表情をしてますね。目では見えないですが、分かりますよ」 「あの場所に行ったら、女性がいて。ワンピースを着て、帽子を被った女性。俺、なんとなくこの人かなって思って、声かけてみたんです。そしたら……」 「そしたら?」 「目を真っ赤にして泣いてたんです」 「そうですか」 「俺、ハンカチとか持ってないくせに慌ててポケットに手を突っ込んだらこのピアスがあって。それで、その人に聞いてみたんです。ピアス、落としませんでしたかって」 「はい」 「そしたらさらに泣いてしまって。で、そのピアスを見せたら、大声出して泣いて」 「ほう」 「どうしていいかわかんなくて。初対面だし肩を触るのもどうかと思ってそのまま立ったまま、泣き止むのを見てて」 「はい」 「そしたら、だんだんその人も落ち着いたみたいで。それでこう言ったんです。そのピアスについてるミサンガ、私の娘のなんですって」 「はい」 「それで、良かったです、って言ったら、形見なんですって……」 「そうでしたか」 「去年に亡くなった娘さんが、毎日つけてた小さなミサンガを、ハンドメイドでピアスにしたそうなんです。でも、娘さんのお墓参りに行く途中に落としてしまったそうで」 「はい」 「簡単にとれるようなピアスじゃないのに、しかも片方だけ落ちるなんてって。娘さんと引き裂かれたような思いだったそうです」 「それは……辛かったでしょうね」 「それであの場所は、娘さんとよく来てた場所だそうで……。それで、そのピアスを渡せたのはいいんですけど、俺の靴の裏に挟まってたから真っ黒で、すみませんって言ったら、大丈夫ですって」 「はい」 「娘さんが亡くなる直前、土遊びをしてすごく汚れてたそうなんです。帰ったら洗濯してあげようと思ってたところ、急に亡くなられたそうで。それで、そのままの状態でピアスに」 「そのままの状態で、ピアスにして身につけていたんですね」 「はい、そう言ってました。だから、もともと真っ黒に汚れていたから大丈夫って言ってくれました」 「その方、喜んでくれていましたか?」 「……」 「どうしましたか?」 「……」 「あなたも目が……」 「はい……。すみま……せん。なんなんですかね、この感情。あんな表情で、何度も、何度もありがとうございますって、何度も何度も頭を下げて……俺なんかに」 「はい」 「あんなに人に、あんな感謝されたこと、なくて。どう言っていいかわからなくて。これがあるから私は生きていられるんですって。私を救ってくれてありがとうございます、まで言われて、俺その時は適当なことしか返せなくて」 「はい」 「でも……帰りの電車乗ってる時に、胸が、すごく……うまく言えないんですけど」 「分かりますよ」 「あっ……すみません。嬉しいだなんて言っちゃいけないですよね。でも……」 「自分の感情を大切にしてください。あなたは今、嬉しいというより、幸せを感じているんだと思いますよ」 「え……あ……そうなんですかね」 「人に心から感謝されると、自分もこの上なく幸せな感覚になる」 「……」 「行ってよかった、そう思いますか?」 「はい……すごく」 「良かったです。でも、まだ終わりじゃないですよ」 「……え?」 「もう一つ、良いことが起こるかもしれませんよ」 「え……あ……いや、もうこれで十分っていうか」 「ふふ」 「あ、そうだ。光ってやつ、俺どうすればいいですか?」 「ああ、そうでしたそうでした。では、いまから僕の目を見て下さい」 「あ、はい。見るだけでいいんですよね?」 「はい。見るだけ」 「じゃあ、ちょっと、いただきますね」 「……」 「……」 「おや……」 「え……?」 「いや、やっぱりあなたは優しい人だ」 「……」 「ありがとうございます」 「あ、いえ。もういいんですか?」 「はい。1つ、きれいな光があったのでいただきました。体は、なんともないでしょう?」 「はい。なんとも」 「良かったです。じゃあ、これで今日はおしまいです」 「ああ、はい。……なんだか、不思議です。不思議すぎます今日。路頭に迷って人生相談しに来たのに」 「ふふふ。そうでしたね。大丈夫ですよ、この先あなたはきっと大丈夫」 「なんだかあなたにそう言われると、本当にそうなりそう」 「ふふふ」 「じゃあ、これで」 「はい。ありがとうございました」 「ありがとうございました」 1週間後。 「こんにちは」 「あの!あ、こんにちは」 「今日はどうしましたか?」 「あの、すごいことがあって」 「何かありましたか?」 「先週、あなたに言ってなかったことがあって。その、あの女性と駅で別れるときに、俺も若い頃にミサンガ作ってたんですよって言って、それで会話が弾んだんです」 「へえ、そうなんですか」 「それで、久々に俺も作ってみたくなって、なんていうか懐かしくなって。店に紐を買いに行ったんですよ。そしたらその帰り道に、猫がいて」 「……猫?」 「はい!その猫、ずっと探してた……一緒に暮らしてた猫なんです。実は俺、最近引っ越したんですけど、ちょっと目を離した隙に猫が新しい家から飛び出してしまって……」 「そうだったんですね」 「昔いた家のまわりを探してみたんですけど、全然いなくて……何度も行ったのに、全然見つからなくて。3ヶ月くらい前のことです。それで、そのことも重なってすごく落ち込んでて」 「そうでしたか」 「その、紐を買いに行った店、前住んでた家の近くで。猫、俺に気づくなり飛びついてきてくれて。何度も鳴くんです。もっと早く見つけに来いよ!って怒られてるみたいに、あはは。何度もニャーニャー鳴いて」 「可愛いですね」 「はい。めちゃくちゃ嬉しかったです。本当に嬉しかった」 「良かったです。それは本当に良かった」 「あの……」 「はい」 「もう一つの良いことって、このことだったんですね」 「はい」 「……あは、あはは。すごいや。もう……なんていうか、ありがとうございます」 「いいえ。全部あなたの行動が招いた幸せですよ」 「いや、あなたに出会わなければ、こんなことには」 「いいえ。僕に会おうと思い、僕の場所にやってきたのはあなたです」 「え、あ、まあ」 「あなたは、やっぱり優しい人ですね。光も、溢れてた」 「え?」 「いや、こっちの話です。あ、そうだ。僕はこれから用事があるので、ここをもう閉めないといけないんです。すみません」 「あ、いえ、こちらこそ急に来ちゃって。でも猫の話ができて良かった。本当にありがとうございます。猫が戻ってきてくれて、ちょっと仕事のモチベーションもあがってて。とにかく嬉しいんです」 「こちらこそ、光をありがとうございます。おかげで僕の真っ黒な世界が、少し明るくなりましたよ」 「ああ、そう言ってくれて、なんか嬉しいです」 「あ、そうだ。あなたの猫ちゃんの名前は?」 「名前?」 「はい」 「ルークです」 「ルーク。へえ、すごくいい名前ですね」 「でしょ?じゃあ、また」 「はい、また」
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