鎌倉以上、江ノ島未満

2/8

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 女っけがまるでなかった無彩色かつ鬱々たる大学生活において、知り合いと呼べる異性はキャンパス内に三人いた。  一人目は絹江(きぬえ)。通称シルク。彼女は、僕がよくつるんでいたバスケサークル副部長五番目の女であり、同期であり、また同郷出身者であった。自称川越のファッションアイコンは、しかし四方八方どこからどう見ても没個性の塊であり、その辛らつ極まりない事実をありていに指摘しようものならば銃刀法違反の鋭利な顎をこれでもかと誇示し、かのシド・ヴィシャスばりのアナーキーさでもって怒髪天を衝いた。  もっとも、誰がなんと言おうとも非は全面的にこちらにあり、いまとなっては彼女に対する無礼の数々を猛省している。シルク、すまなかった。  二人目は心音(ここね)青山心音(あおやまここね)。「ファック」が口癖のお下品パンク女は、お国訛りの抜けない、ツートンカラーのオン眉バングと足元のジョージコックスが痛く印象的な奴だった。  心音には少々、いやだいぶエキセントリックなところがあって、ここに書き記すことすら「うーむ」とためらってしまうような逸話が煩悩の数ほど存在する。  たとえば、たとえばだ。あれは確か大学二年の梅雨時期だったろうか。キャンパス内の喫煙スペースにて突然「心音、カリスマアイドルになるっちゃ!」などと同期らに宣言し、翌日からぱたりとキャンパスに顔を出さなくなった心音は、ほどなく聞いたこともないような弱小芸能プロダクションと契約。からの、高額なレッスン料を支払いきれず、人知れず蒸発したというエッヂの効いた過去を持つ。事実は小説よりも奇なり、とは言ったものである。  ちなみに在学中、同期づてに一度だけ彼女の噂を聞いたことがある。下赤塚の安アパートにて、そいつは鼻にかかった低音で一言「田舎に引っ込んで売れないキャバ嬢やってるらしい」と大吟醸片手にのたまった。僕は傍らの埃っぽいフォークギターを手に取ると、ただただ無心でブルーハーツを弾き語った。令和現在の、彼女の幸福を切に願っている。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加