鎌倉以上、江ノ島未満

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「はーあ……」  二十二歳、夏。周りの同期らが卒業に必要な単位をほぼほぼ取り終え、インターンや就活に精を出している頃、僕は相変わらず週五でキャンパスに入り浸っていた。むろん、残り少ない学生生活を名残惜しんでいたというわけではない。二年、三年次にろくすっぽ講義も受けず、自主休講でもって都内のミニシアターや小劇場に通い詰めていたツケが、このときになって一気に回ってきていたのだ。  つるんでいた同学部の連中とも週一回のゼミくらいでしか顔を合わせることがなくなり、晴菜に至っては学部すら違うため、もとより少ないエンカウント率は言わずもがな激減。そのレア度といったら、たとえるならば大気光学現象の一つである過剰虹とタメを張るほどだった。 「……ん?」  いま鎌倉に向かってるんだけど! 左江内(さえない)くん、よかったら一緒に食べ歩きでもしない? 原文ママのそんなメッセージが己が型落ちスマホに届いたのは、とある平日の気だるい昼下がりだった。僕は思わず液晶を二度見する。なぜなら送信者が晴菜だったからだ。思えば、彼女からメッセージが届いたのは大学二年の冬以来であった。  何が悲しくてこの留年寸前モラトリアム・バカ一代を誘ってきたのか、はなはだ疑問でしかなかったが、しかし理由を尋ねるのも野暮な気がして、彼女からの誘いを弾丸承諾。一限終了後、ちょうど折よく池袋周辺に繰り出していた僕は、そのままJR湘南新宿ラインに乗車し、得体の知れぬ胸のざわめきと共に、おおよそ一時間弱かけて同期の待つ街、古都鎌倉へと向かった。
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