鎌倉以上、江ノ島未満

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○○○ 「左江内くーん!」  老若男女が雑多に入り混じる、活気に満ちあふれた鎌倉駅東口。改札を抜け出てすぐの案内板付近からこちらに手を振る、ほっそりとした少女のディテールを、七月初旬の太陽が高い位置から照らし出している。 「本当に来てくれたんだね」 「ちょうどこっちに野暮用があってさ」 「えー、絶対嘘だよ」  言いつつ、うろんげな眼差しを向ける晴菜。そんな彼女を眼前に、僕は不覚にも心拍数および血圧の上昇を自覚する。涼しげなストローハットにショート丈のワンピース、足元はぺたんこサンダルという夏の王道ファッションは、なぜだかいやに現実感がなく、それでいて男心をむずと鷲掴むものだった。 「実は友だちにドタキャン食らっちゃってさあ。それでいろんなコに連絡してみたんだけど全滅で」 「つまり埋め合わせ要員ってことか」 「違う違う」  あはは、と形のいい犬歯を太陽光に反射させつつ否定さえしているが、しかし全身からにじみ出る図星感は否めない。まあそんなことだろうとは思っていた。僕は心で強がりながら、一欠片ほどの淡い期待をトルネード投法でもって宇宙の果てへと葬り去る。  いまいち盛り上がりに欠けるやり取りを二、三分ほど続けたあと、晴菜の「有名な商店街だっけ? どこにあるか知ってる?」の一言により小町通りをぶらり散策。平日の観光地に思ったほどの混雑さはなく、僕らは偉く快適に、観光客感丸出しで食べ歩きに興じた。 「ねえ、ちょっと江ノ島のほうまで行ってみようよ」  午後三時過ぎ。晴菜が鎌倉茶々のソフトクリームを舐めながらそう提案したのは、小町通りから鎌倉駅に戻る道すがらでのことだった。  徐々に不穏な雨雲が垂れ込め始めた空の下、僕は冷えたカルピスウォーター片手に同意する。江ノ島には同期のご両親が営む海鮮料理店があるため、これまで何度か訪れたことがあり、それゆえガイド役を買って出る自信があった。 「いいね、行こうか」 「やったあ!」
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