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パラパラと降り始めた予報外れの雨は、いつしか蝉時雨をかき消すほどの本降りになっていた。
現在地は長谷である。江ノ電乗車後、晴菜の気まぐれにより当駅で途中下車していた僕らは、露坐の大仏で有名な高徳院からの帰り道、県道沿いの小店軒先にて雨宿りの真っただ中にあった。
最寄り駅方面に慌ただしく駆けていく外国人観光客グループに、湿気をはらんだ不快なそよ風に、大粒のしずくに濡れる凸凹のアスファルト。
せっかくの遠出だというのに、本当に、まったくもってツイてない。僕は今朝のお天気キャスターの嘘くさい微笑みを密教祈祷術によって呪わざるを得ない心理状態に陥っていた。
「…………」
足止めを食らってから、もうかれこれ十分ほどが経つだろうか。僕の右方五、六十センチで膝を折り、地べたにちょこんとしゃがみ込んでいる晴菜は、
「わたしって雨女なのかなあ」
などとため息混じりに独りごちたきり、いっさいの言葉がない。困り眉を保ったまま、轟々と降りしきるサイダーカラーの雨をただぼうっと見やっている。片やその様子をちらちらと盗み見ながら、気の利いた言葉の一つも紡げずにいるバンドTシャツ男は、自身のふがいなさに心底落胆中。
何か言わなければ、と思う。この気まずい空気をどうにか打ち消さねば、と強く思う。
湘南ナンバーのカワサキが荒っぽいマフラー音と共に目の前を通り過ぎた直後、汗で湿った右手を意味もなく握り、
「そういえば、彼氏とは順調なの?」
ほかに振るべき話題はいくらでもあったろうにとちょっぴり後悔しつつ、しかし言い切ってしまったものは仕方がない。
「あー、うん」
晴菜には一年ほど前から交際している年上の彼氏がいる。恵比寿に佇む、彼女行きつけのイタリアンバルの従業員で、名前は卓也。名字は確か二口とかいったはずだ。友人情報によると百八十センチオーバーの長身で、中性的な顔立ちをした正統派イケメンらしい。
「先月別れた」
「へ?」
「今日もね、本当はカレと一緒にここに来るつもりだったの。楽しみにしてた手前、諦めきれなくて……結局来ちゃったんだけど」
つき合わせちゃってごめんね。晴菜はいつになく抑揚を欠いた声でそうつけ足し、上目遣いでこちらを見ると、ばつが悪そうにぺこりと頭を下げた。
僕はまるで予想外の展開にどう反応していいかわからず、ただただうろたえ、延々とどもり続けるばかり。しかし、そんな様子を意に介することもなく、晴菜はややあってから二の句を継いだ。
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