ヨコクチさん

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ヨコクチさん

「こんにちは悠乃くん、お元気?」 常連客のレイナ夫人がセラピストアにやってきた。 「こんにちはレイナ夫人、元気じゃないです」 僕がそう言っても、レイナ夫人は微笑んでいる。 そしていつもの足の痛みに効く薬を購入してから、テラスでハーブの 紅茶を注文してきた。 セラピストアの店員になって二ヶ月、仕事にはどうにか慣れてきた。 けれど食事は相変わらず少ししか取らず、モース博士の栄養茶に 頼っている。 元気じゃないのは本当なのだ。 「悠乃くん、お茶を淹れるのが上手くなったわねぇ。 それともイケメンの悠乃くんを眺めるから、おいしいのかしら」 「いえいえいえ、僕なんて、まだまだわからないことだらけで。 本当に大変でして」 照れてしまって、チェック柄のシャツの上に付けているエプロンで 顔の汗を少しぬぐったら、ラフなジーンズにスニーカーなのに よろけそうになってしまった。 基本的に店に制服は無くて、軽装で働いている。 「そりゃあ、こーんな大きい店だもの。品数だっておぼえるの大変よ。 長身の悠乃くんが小さく見えるほどだわ」 ちなみに僕の身長は183センチだ。 「ほんとにね。でもこのあいだは、僕の身長で届く位置まで 店の看板を上げたんですよ」 「あははっ、それは体質を生かした手法だわね」 レイナ夫人が栗色の髪を揺らし、ドレスの水玉が弾けそうに笑った。
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