ヨコクチさん

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山々を歩き回り、あらゆる石を探し出す。 小さな一軒家は石だらけで、加工する機械だらけで、細工するテーブルで 食事もして、小さなベッドで眠る。 小さなキッチンと大きなかまど、狭いバスルームとトイレ。 ティムの生活は石まみれだったが、ひとつだけ潤いがあった。 街のパン屋で働く女性、ミルティに恋をしていたのだ。 ヨコクチさんは恋について打ち明けられる、唯一の相手でもあった。 「ブラックトルマリンのような黒い髪、ラピスラズリのような瞳、 ローズクォーツのような唇......。最高なんだよ」 「石で表現されてもわかりにくいけど、夢中なのはわかる」 「朝食のパンを、いつもクロワッサンにしてるんだ。 『クロワッサンお好きなんですね』って、言われた。会話できた!」 「もっと進展させろよ~」 ヨコクチさんがテーブルの上でため息をついた。 関係性があまりにも遠すぎると感じられた。 「どうすればいい?ヨコクチみたいにヒョイヒョイ喋れない」 「それはまあ世間話しとか。今日もいい天気ですねとか」 「いつも、いい天気じゃないか!」 ナカツクニでは、曇りや雨や雪というものが無い。 そのおかげでヨコクチさんは外で寝たりしても平気だったわけだ。
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