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すっかり雨はあがり、太陽の光が降り注いでいる。
裾を掴んだまま、もう雨のせいにはできない涙を流す私を見て、ふうやは指で拭ってくれた。
「おれさ、両親に呼ばれてた名前も覚えてるんだ。ともきって言うんだよ。最後に呼んでくれない?」
震える唇を噛み締めた。おじさんが「280番!」と怒鳴っているのが聞こえる。
「と、ともき、くん」
「もう一回」
「ともき。ともき、ともき」
おじさんの叫ぶ「280番」が少しでも耳に入らないようにと繰り返し口にした。
「ありがとう。ゆかりが呼んでくれたふうやって名前も、好きだったよ」
ともきは服の裾を握りしめる私の手に自分の手を添えて離させ、最後にかすめるようなキスを落とした。
「誕生日、6月29日だったよね」
頷くと、ともきは目を細めて笑った。
「バイバイ」
小さく手を振って、ともきは海の方に走って行った。
太陽の光を浴び、水たまりからの反射に照らされて、ともきは輝いていた。
離れていくともきの背中に、嗚咽を漏らす。
ともきが海に飛び込むのを止めたいのに、覚悟を決めているともきの邪魔になりそうで動けなかった。
「すみません」
おじさんに謝って、ともきは崖の端に立った。もうカミサマは他に誰も残っていなかった。
「時間だぞ。早くしろ」
急かされたのにすぐに飛び込む様子を見せず、ともきは軽く振り返って笑顔を浮かべた。
止めないで、悲しまないでと言われている気がした。ともきが何か言葉を発するとしたら、きっとそう言うと思った。
海に向き直ったともきは、軽く助走をつけて宙に身を投げ出した。
崖下から聞こえた水音に固く目を閉じた。
梅雨が明け、晴れ渡っているのに、私の心の中の天気予報は明日も明後日も明々後日も、土砂降りの雨だと告げていた。
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