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私には…夫が居る。そして忘れられない人も居た。謂わば秘めた恋人だ。
秘めながらも、やりきれない日常を過ごしていた。
「おーい。メシはまだか?」
「お母さん!!宿題、教えてよ!!」
買い物袋を抱えて帰るとすぐだ。まるで、セリフの様だった。
台所には、食べたまま…洗われずに置かれた食器。飲み終えた空き缶などが、潰されずにそのままにされていた。
《…私は家政婦?お手伝いさん?一体、何?》
何もしない夫とその側で、宿題の問題に困る子供を横目に、溜息を溢して…髪を束ね片付けをしていた。
「今日のメシ…なに作るんだ?」
ソファーに寝転んでいた夫の話など無視していた。
「…なぁ、聞いてるんだよ。」
「その前に…たまには、片付けてよ。仕事終わって買い物して…帰ってきてこれじゃ、何から手をつけて良いのか分かんないじゃない…。」
やりきれない気持ちで空き缶を潰してゴミ袋に入れていた。
「お母さん!!宿題…。」
「やれるところだけ、やって!!後で分からない所は教えるから…。」
ただでさえ、疲れているのに…何もしない夫や子どもにイラついていた。
片付け終わって、洗濯機を見た。山の様に積まれた洗濯物を見て、しゃがみ込んだ。
「なんなのよ…全く。誰も何も、してくれやしない…。」
愚痴っても仕方ないのは分かっていた。残り少ない僅かな気持ちで洗濯機のスイッチを押し、夕飯の用意に取り掛かった。
手早くても…なんでも良かった。何もしない人の胃を満たせば良い…それだけで作っていた。
そんな時にまた…空いた缶を横に置かれた。
睨みつける様に見ていた香織に目を向ける事なく、冷蔵庫に入っている飲み物を手に、ソファーへ戻る夫。
《殺してやりたい…》
心の中の言葉は空き缶を握り潰す力に変えていた。
それをまたゴミ袋に入れる。
夕飯の準備を続けていた時、欠けていた皿に気づかずに触った。
「いたっ…。」
血が滲んで指を口に咥えた。その咥えた指。
あの時を思い出させた。
私には忘れられない人の存在だった。
我に返り、皿に盛り付けていた料理を別の皿に移し替えた。
欠けた皿を新聞紙に包み、ゴミ袋に入れた。
そう…私の気持ちの様に、何かに包んで。それを隠した。
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