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辛くなった時は…彼のことを思い出す。
私の彼への最初の印象…彼は静かに佇む人だった。周りからの存在感…それは消し、私の中での存在感だけはあった。
ひたすら目の前の業務を熟す…。
入社してきた時を思い出した。
「えー、今日から皆んなの仲間入りする工藤玲音君だ。宜しく頼んだよ。」
「はじめまして。工藤玲音です。よろしくお願いします。」
最初は物静かで弱々しい…そんな印象の彼。
「なんか…ナヨナヨした人だよね?」
「何も出来ないかもな…まぁ、教えてやる素振りを見せて、サボれるよな(笑)」
周りの声に香織自身もそう思っていた。
その思いは簡単に裏切られた。
「おい!!あの資料…いつ出来るんだ!?」
課長の言葉に誰も答えないでただ、俯いていた。
そんな時だった。
「これ…ですか?」
工藤が差し出した資料に目を通して…驚いていた上司。
「これ、君が作ったのか?」
「えぇ…先程、資料の件を言っていたのを覚えてまして…。」
「そうか!!工藤君が作ったのか!!新人とはいえ、素晴らしい出来だ!!君達も見習えよ!!」
そう言って課長は去って行った。
「えっ!?嘘でしょ!?数時間前の事を…もう!?」
周りは工藤の仕事の速さを驚いていたが、
「…まぁ、たまたま…って事もあるよな…。」
その仕事の速さを妬むような口ぶりの社員も居た。
お昼休みを迎え、それぞれが外食に出掛けたり、弁当を買ってきて食べる者も居た。
工藤は…持参していた弁当を取り出し、黙々と食べていた。
香織は工藤にその弁当の事を聞いてみた。
今、思えば…何故、私から声を掛けたのだろう…不思議だった。
「それ、奥さんの手作り?」
弁当を食べていた工藤の箸が止まる。
「…いや、自分で…冷食をチンして、ご飯を詰めるだけなので…。」
そう言うとまた、黙々と食べ始めた。
「でも、自分でするんだ?偉いよね。」
そう話すとまた箸を休めて香織の目を見ないでいた工藤。
「これぐらいは…自分でやらないと…。」
これぐらい…その言葉が香織の頭に残った。
自分の食事は近くのコンビニで買っていた。夫や子どもの弁当を作る時間はあったが、自身はコンビニ弁当。
少し…恥じた。
工藤は弁当を食べ終わると、流し台で洗い綺麗にしてまたバッグに仕舞い込んだ。
《それも…これぐらい…なの?》
食べ終わると工藤は外の喫煙所に向かい、誰と話す事もなく走りゆく車を眺めていた。
《なんか…不思議な人…。》
それが私…名越香織が感じた彼の印象だった。
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