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私たちは水面から顔を出した。
「どうして?」と、ウィルが私に尋ねる。
私は簡潔に『満月の夜に起こる特別な魔法』と答え、そして私も『どうして?』とウィルに尋ねた。
ウィルは「僕はシェイプシフターなんだ。変幻自在に姿を変えられる」と言った。そして「服、破けちゃったな」と苦笑し、さり気なくその破けたシャツを脱いで私の腰回りに巻いてくれた。
「ミラ、歩けるかな……これはチャンスだ。陸を移動できるなら、ここから抜け出せる」
ウィルは真っ直ぐに私を見つめてから、私を抱きかかえて水槽を出た。
ウィルから伝わる体温と皮膚の感触にドキドキしながらも、私は恐る恐る地面に足を伸ばす。私たちの身体から滴り落ちた水が、辺りを濡らしていた。私はその濡れた地面に足を着けた。
初めて感じる足の感触は、チクンと痛いような、こそばゆいような、不思議な感覚だった。
「デュークは昨日からオークションに出かけているんだ。おそらく夜明け前には戻ってくる。もう時間がない。ここを出よう……ミラ、一緒に行こう!」
ウィルはそう言って、私の両手を握った。
『ええ、ウィル。一緒に連れて行って』
私は両足の指に力を込めて、地面を踏みしめた。
一歩、二歩……私はウィルに手を引かれて足を進めようとしたが、力が入らず膝から崩れ落ちる。すぐに支えられてどうにか体勢を直すことが出来たが、そんな私を見てウィルは「つかまって」と、優しく抱き上げてくれた。
『ごめんなさい……力が入らなくて』
ウィルは「大丈夫」と、私の額に唇を寄せて甘く囁いた。
それから急いでウィルの部屋に行き、私たちは闇に紛れられるような暗い色の服を身に纏った。
どの部屋の窓にも鉄格子がはめてあり、この屋敷の出入り口はたった一か所だけだという。
「急ごう。デュークが戻る前にここを出ないと!」
ウィルは私を抱えて、出口に向かって風を切る。
深紅の床が視界に飛び込んできたかと思うと、頭上にはギラギラと光を放つ金ぴかの照明が見えた。
その景色を目にした刹那、この屋敷に連れてこられた時に感じた不安や恐怖がフラッシュバックした。全身がすくみ、胸が騒ぐ。
「侵入者か……君はその娘を連れて、どこに行こうというのかね」
突如、冷酷で厳しい声が辺りに響いた。重厚な扉の前に、タイミング悪くオークションから戻ったばかりのデュークの姿があった。
目は赤く充血しており、額には青筋がたち、牙をむき出しにして獣のような恐ろしい形相をしている。
私を痛めつけ、血を啜った時に見せた姿と同じ……
私は恐怖で震え、ウィルの服を掴んでいた手にギュッと力が入った。
ウィルは「クソ」と、小さく声を漏らすと顔を強ばらせた。
突如ゴゴゴと扉が開き、おぞましいコウモリの群れが勢いよく屋敷内に入って来た。そして、私たちの周りをものすごいスピードでぐるぐると飛び回ったかと思うと、それらは次々と人の形……ヴァンパイアに変化した。
私たちは十数ものヴァンパイアたちに囲まれた。
彼らはデュークとは違い、低能そうな顔つきで本能をむき出しにして唸っていた。
ヴァンパイアたちは人魚の血を求めているのだろう。獲物を狙うおぞましい視線が私に向けられている。
こんなに大勢を相手にしたら……ウィルが殺されちゃう!
それだけはダメ! それだけはどうにか……
『ウィル、私を引き渡して逃げて!』
私は震える唇を噛み締めて、ウィルの顔を見上げてそう懇願した。
ウィルは、そんな私を呆れ顔で見つめて「そんなことできるわけないだろ」と微笑んだ。それから「大丈夫」と。
ウィルは私の服のフードを私の顔の方まで目深にかぶらせた。私の視界が闇に覆われると、体が大きく揺れた。
少しだけ露出している私の頬や顎に、フワリとした初めての感触。ウィルから伝わる体温が先程よりも熱い。
『何?』という私の問いに返答はない。だが、その代わりに
「ワオーーーーン」
何かが吠えた。
ウィル?
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