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 ピンクに色づいた花が、心地よい風に吹かれてはらりはらりと舞う。  空には雲がかかり、この時期特有の花曇り。  今年は去年より開花時期が早いらしい。  初めて目にした視界一面に咲き誇る桜は、あまりに美しくて息を飲むほどだった。だが、ウィルの喪失による悲しみがさらに深まり、胸が張り裂けそうになって苦しかった。  私にかけられた魔法は日に日に弱まっていた。  私はもうすぐ泡沫となって消えるだろう。  愛する者と共にいられなければ、魔法は解けて、私の存在は消えてなくなる。その猶予は十三回目満月の夜。そして、明日がその日だ。  明日の夜には私は……。  でも、それでいい。ウィルのいない世界で、これ以上どうやって生きていけば良いのかわからないもの……。     桜を眺めて思う。ウィルに抱いたこの想いに色をつけるならば、桜色だなと。  柔らかく穏やかな優しい色。  ウィル、会いたい……あなたに会いたい。  一緒に見ようって約束したのに……。  人狼の母さんとまだ幼い娘が、私を心配して遠目に見守ってくれている。  あの日から、父さんも戻らない。  「私たちは危険と隣り合わせの仕事だから。いつだってこうなる覚悟でいたのよ」と、母さんだって悲しいはずなのに、私の心配ばかりしてくれる。    私は零れそうになる涙をグッと堪えて、空を見上げた。  そよそよと優しい風が吹き、ひらひらりと花びらが舞う。そして、どこからかチュイーチュイーと小鳥のさえずりが聞こえてきた。  パタパタパタ……  鶯色(うぐいすいろ)春告鳥(はるつげどり)が一羽、桜の木の周りを遊ぶようにぐるりと回って枝にとまった。その鳥は、またチュイーチュイーと美しい声でさえずり、私をジッと見つめた。  なんて美しくて愛らしい鳥……  私は目を細める。  その鳥は、再び美しい羽根を羽ばたかせて私の肩にとまった。そして、愛しいものを愛でるように私の頬に体を擦り寄せてきた。  あぁ……。  私の目からポロリと涙が零れ落ちた。  雲間から太陽が顔を出し、光の筋が地上に向かってのびた。徐々に雲が開けて、辺り一帯が明るくなる。  陽光を受けて、足元の桜色がひとひらキラリと輝いた。  
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