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「キミは人魚を見るのは初めてかね?」
デュークは僕を咎めることはせずに、自慢げに話し始めた。
よかった……さっきの話、聞かれていなかったみたいだ……
僕は安堵し、強張った肩から力が抜けた。
「どうだい、美しいだろう?」
「そ、そうですね」
僕は、込み上げてくる怒りをどうにか抑えて、デュークの言葉に相槌を打つ。
「見たまえ、この鱗の遊色効果を……それにだ、この鱗を剝がすときの声といったら、それは美しく啼くんだ……君も聞いてみたくないかね?」
――この、ゲス野郎!
怒りに震える手を、僕は体の後ろで爪が食い込むほどに強く握りしめた。
「その時に副産物として涙も手に入る。ただ残念なことに、痛みや苦痛の涙では黒になってしまうんだ……純真な悲観の涙は白、喜びの嬉し涙なら桜色が手に入るらしいのだが……これがなかなか難しくてな」
デュークは得意げにつらつらと能弁を垂れ続ける。
『悪趣味なサディスト』
ミラは怯えた様子で、水槽の端で身を小さくして震えていた。
「ミラ……」
僕がそう彼女の名前を口にすると、デュークは目を見開いた。
「ミラ……もしや、それは彼女の名前かね? 君は彼女と話ができるのか?」と、興奮気味に僕の両肩を掴んで強く揺すった。
「カカカ……そうか。よし、ウィル君、キミには今日から彼女の相手をしてもらおう。父君からも、キミをよろしくと頼まれているんだ」
「父から?」
僕はとぼけてそう答える。だが内心では"それは好都合だ"と思っていた。
父は僕をこの屋敷に置いていった。小間使いにしてくれと売ったのだ。
だがそれは最初から決まっていたことだった。僕はこの屋敷の調査のために雇われた諜報員だ。
実のところ、ここへ一緒に来た父とは同僚であり、彼は僕の父親ではない。それに、僕が子供の容姿をしていることにも理由がある。それは、敵も味方も子供相手には気がゆるむからだ。だから潜入捜査の時はいつだってそうしているし、僕にはそれが可能なのだ。
この屋敷の主、デュークはヴァンパイアだ。このことは、事前調査でわかっていた。
僕らが依頼された調査内容は、デュークと太陽の光の関係について。太陽の光は、ヴァンパイアにとって最大の弱点なのだが、どういうわけかデュークはそれを克服しているようなのだ。陽が高い位置にある時間にもかかわらず、街中でデュークを見たという噂が少しずつ広がり始めていた。
仮にもし、それが真実だったとしたならば、それは世界の均衡を大きく変えてしまうだろう。世界中のヴァンパイアにその噂が届き、力を求めた彼らがこぞって太陽光を克服してしまったら……。
ヴァンパイアが真っ先に支配するのは、罪なき人間だ。彼らにとって人間はただの食料。
血塗られたおぞましい光景が目に浮かぶ。なんとしてもそれだけは阻止しなければならない。
太陽の光を克服させる力……デュークにその力を与えたのはきっとミラだ。
ミラの……人魚の血だ。
その事が明るみになってしまったら、ミラはどうなる?
――ダメだ!
僕は、ミラが貪欲なヴァンパイアたちの餌食になるところをリアルに想像してしまい、激しい焦燥感に襲われた。
ミラは、僕が守らなければ……。
ミラとは出会ったばかりだが、この可憐な生き物を守ること……ミラを守ることは僕に課せられた使命だと思った。
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