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――トプン!
波がたち、水中が揺れた。
え⁉︎
水中に飛び込んできたのは間違いなくウィルだ。それなのに目の前にいるのは、月明りを受けて黒髪を揺らめかせた二重瞼の茶色い目をした美しい青年だった。その青年は、私を見つめて優しく微笑んだ。
姿形は別人でも、その優しい瞳は間違いなくウィルのものだ。
あぁ……ウィル……。
ウィルは、私に向かってゆっくりと手を伸ばしてきた。
私は胸がキュッと締め付けられたように苦しくなる。でも、それは心地よい苦しみだった。
私はウィルの大きな掌にそっと自分の手を合わせた。ウィルの手は、陽だまりが溶け込んだ水面のように温かかった。
ウィルはそのまま私の手を握り、自分の体の方へと引き寄せて、私の唇に自分の唇をそっと重ねた。
胸が高鳴り、うっとりとして、幸せが訪れた。
もう私たちの間に、隔たるものはない。
そう錯覚してしまうほどに、私の心はウィルで満たされた。
次の瞬間、私は全身に電流が走ったような衝撃に襲われた。そして、尾ひれが激しく疼く。
唇の感触の余韻に恍惚としたのも束の間、唇を離したウィルが驚いたように目を見開く。ウィルの視線の先は、私の尾ひれだ。
次から次へと鱗がポロポロと剥がれ落ちていた。その鱗が月光を浴びて遊色効果を伴い煌めいたかと思うと、私の尾ひれは人の足へと変化していった。ウィルと同じ足の生えた人の姿だ。
私は左右の足を交互に前後させてみるが、何とも言いがたい違和感があった。自分の意思で動く足だが、それが自分のものであるという実感がわかない。
『人魚は、満月の夜に心の通じた相手と口づけすることで、その愛する者と同じ姿になれるんだよ』
人魚の先祖から代々伝承されてきた"恋の魔法"。
私がまだ幼い頃、おばあ様はその伝承のことを教えてくれた。
――今宵は満月だったんだ……⁉
言い伝えなんか……と俄に信じていなかったのだが、ウィルが私の前に現れた時、そして逃がしてあげると言った時、私はどこかで淡い期待をしていた。
もし、この言い伝えが真実で、私にその魔法の力が備わったら……ここから逃げることだって、可能になるかもしれない⁉︎
そう夢に見ていたことが、今まさに現実のことになろうとしている。
ここから逃げ出して、ウィルと一緒の未来を……期待してもいいの?
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