1−2 夫婦の口論

1/1

109人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ

1−2 夫婦の口論

――17時 ジェニファーは厨房で1人の女性と一緒に料理を作っていた。 「そうそう、その調子よジェニファー。大分、料理の腕が上がったじゃないの」 「ありがとう、ケイトおばさん」 料理を教えているのは、夫と2人暮らしをしている近所の女性だった。 彼女はたった1人で家事をさせられているジェニファーを気の毒に思い、料理や洗濯の手伝いをしてあげていたのだ 「この分なら、今年中には1人で料理を作れるようになるかもね」 「あ……そうですよね。いつまでもケイトおばさんに頼ってばかりじゃ駄目ですよね」 その言葉にジェニファーの顔が曇る。 「あ! 違うわよ。勘違いさせるような言い方してごめんね。ただ、私は料理の腕が上がったことを褒めただけなのよ。大丈夫、この先もジェニファーのお手伝いに来るから心配しないで」 ケイトは慌てて否定した。 「でも、ケイトおばさんにあまり迷惑かけるわけには……」 叔母はケイトがジェニファーの家事を手伝ってあげていることを知っている。知っている上で、1度も礼を述べたことはない。 何故ならそんなことをすれば、ケイトに賃金を支払わなければならないと考えていたからだ。 「いいのよ、息子たちも手を離れて暇を持て余していたのだから。これから先もいくらでも私を頼って頂戴?」 「ありがとう、ケイトおばさん」 「さて、それじゃ料理の仕上げをしちゃいましょう?」 「はい!」 ジェニファーは笑顔で返事をした―― **** ――19時  家族全員揃って、ジェニファーが作った料理を口にしていた。 「また今夜も安っぽい料理ね。たまには肉料理でも作ってみたらどうなの?」 アンが、じろりとジェニファーを睨みつけた。 「でも叔母様……お肉を買うお金が無くて……」 「だったら、せめてハムくらいは買えるでしょう?」 「……ハムを買ったら、パンを焼けません……」 「な、何ですって……?」 ジェニファーの言葉に、アンは夫のベンを怒鳴りつけた。 「あなた! もっとお金を稼いできなさいよ! これじゃ、栄養失調になってしまうわ!」 「黙れ! 俺は一生懸命働いている! 第一、お前が無駄遣いばかりするからこの屋敷の財産を食いつぶして貧しくなってしまったのだろう!?」 「何ですって!? 誰のお陰でこの屋敷に住めるようになったと思っているのよ!」 夫婦はこの屋敷の正当な持ち主のジェニファーの前で口論を始めてしまった。 すると、ゆりかごに入れられていたニックが激しく泣き出した。 「オギャアッ! オギャアッ!」 「あ、ニックが!」 ジェニファーは急いでゆりかごからニックを抱き上げた。 「あ、あの。叔父様、叔母様。喧嘩はやめて下さい、ニックが泣いています」 「うるさいわね! こっちはそれどころじゃないのよ!」 「そうだ! ニックの子守はお前の仕事だろう!?」 ジェニファーの訴えに、叔母と叔父は言い返してきた。 「あ〜あ。また始まっちゃったよ」 「うるさいよね〜」 夫婦喧嘩に慣れっこになってしまったダンとサーシャは知らんぷりをして、食事を続けている。 「大体俺1人の給料で、お前たちを全員養えるはず無いだろう? 誰か俺以外に働き手が……」 そこで叔父の目がニックをあやしていたジェニファーに止まる。 「叔父様?」 「そうだ、ジェニファー。お前が何処かへ奉公に行けば良いのだ。そうすれば食い扶持も減るし、金だって稼いでくれるだろう。子守の仕事くらいなら出来るだろう」 「そ、そんな……」 叔父のあまりの提案に、ジェニファーは眼の前が真っ暗になってしまった。 まだ、たった10歳の子供に満足な教育もつけずに奉公させようとしているのだから。 すると叔母の顔色が変わった。 「何ですって!? ジェニファーを働かせるつもりなの? そんなことさせられるはずないでしょう!?」 「叔母様……」 (まさか、私の事を考えてくれていたの?) けれど次の瞬間、ジェニファーの思いは踏みにじられることになる。 「ジェニファーが奉公に行けば、誰が家事をしてくれるというのよ!」 「うるさい! ならお前がやればいいだろう!?」 「嫌よ!! どうして私がやらなければならないのよ!」 夫婦喧嘩は増々激しくなり、ダンとサーシャは黙々と食事を続けている。 「お願いですから、喧嘩はやめてください……」 そして泣いているニックをあやしながらおろおろするジェニファー。 これがブルック家の繰り返される日常だった。 そんなある日のこと。 ジェニファーの運命を大きく変える出来事が訪れることになる――
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

109人が本棚に入れています
本棚に追加