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3−3 自己紹介
「あら? あなた、怪我しているじゃない!」
その時、ジェニファーは少年が左手に怪我をしていることに気づいた。擦りむいたのか、手の平に血が滲んでいる。
「うん、さっきのアイツらにやられたんだ。僕が町を歩いていたら、いきなり絡んで来てネックレスを奪って路地に逃げていったんだ。だから追いかけていったら……」
少年はそこで口を結んだ。
「取り返そうとして、怪我をしてしまったのね? ちょっと傷を見せて」
ジェニファーの言葉に、少年はオズオズと手の平を差し出した。傷は土で汚れて、血が滲んでいる。
「このままにしておいたら、傷口からバイキンが入るわ」
そこで、ジェニファーは思いついた。
「ね、私今から教会に用事があるの。良ければ一緒に行かない。教会で傷の手当をしてあげましょうか?」
断られるかもしれないと思いつつ、ジェニファーは尋ねたが。しかし意外なことに少年は頷いた。
「うん……行く」
「本当? なら一緒に行きましょう?」
こうしてジェニファーと少年は一緒に教会へ向かうことにした。
「僕はニコラス・テイラーという名前だよ。君の名前は何ていうの? その服装はもしかして貴族なの?」
ニコラスと名乗った少年が尋ねてきた。
「あの、私は……」
ジェニファーは一瞬迷った。
(名前、どうしよう……。教会にはジェニーとして行くことになってるし、私のことを貴族だと思っているみたいだし……)
「どうしたの? もしかして名前聞いたら、まずかった?」
ニコラスが戸惑いを見せている。
「ううん、そんなことないわ。私はジェニーよ」
「ジェニー? 名字は無いの? 貴族なんだよね?」
「え、ええとジェニー・フォルクマンよ」
仕方なく、ジェニファーはジェニーの名を語ることにした。
「へ〜ジェニーっていうのか。良い名前だね?」
「そう? ありがとう」
複雑な気持ちを抱きながらも、ジェニファーは笑顔を見せた。
「ところで、教会へは何しに行くの?」
「献金と、教会に住んでいる小さな子供達にクッキーを持ってきたの。皆で食べようと思って」
「ふ〜ん。慈善事業ってやつかな?」
その言葉に、ジェニーと交わした会話を思い出す。
『親のいない、小さな子どもたちがシスターに育てられていたわ。それで、皆が私を慕ってきてくれて……とても楽しかった』
そう語るジェニーの顔は本当に嬉しそうだった。
「確かに、事前事業と思えるかもしれないけど……私は本当に教会に住んでいる子供たちとお友達になりたいの。だから教会へ行くのよ」
「そうだったのか……ごめん。慈善事業なんて言って」
素直に謝ってくるニコラスにジェニファーは好感が持てた。
「ううん、いいのよ。気にしていないから」
実際、ジェニファーは小さい子供が好きだった。叔母たちと暮らしていた時も、まだ赤子のニックの子守はジェニファーの役目だったのだから。
「あの……さ。君のこと、ジェニーって呼んでもいいかな?」
「いいわよ。私もニコラスって呼んでもいい?」
「え? うん! もちろんだよ」
ニコラスは笑顔で返事をした。
その後、ジェニファーとニコラスは楽しげに会話をしながら教会へ向かった。
ジェニファーはまだ知らない。
これが運命の出会いであることを。
そしていずれ自分が悲しみの淵に沈むことになるのを――
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