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冷たい言葉を浴びせれば、人は離れていく。傷つける言葉を言って委員長が立ち去ってくれなければ。
『剛史、どこ行くかは聞かないが、離れたい人がいるんなら、その人に水を浴びせてこい!!』
背中越しに聞いた親父のドスが聞いた声。散々人に嫌なことをしている頭が言う言葉にしては甘すぎると靴を履きながら振り向くと、親父の鋭い眼光が俺を睨み続けている。
『剛史はおれと違って優しすぎる。本当の悪って言うのはな助けたりなんかしない。黒々した世界に白い光なんていらないんだよ』
十歳の頃、委員長を助けた件がどういうわけか俺が三芳たちに怒鳴り付け恐喝したという噂に変わっていた。親父や兄貴たちはそういう噂の方がいいと喜んでいたけれど、実際は俺が教員室に行き、先生を焚き付け理科室の鍵を奪い廊下を走っただけだ。
『水を浴びせたら、親父や兄貴の場所に一歩近づけるのか?』
親父は頷き、ついてくる兄貴たちも嬉しそうに笑っている姿が思い出される。テーブルに用意されている氷入りの冷たいコップを手に取り、立ち上がる。
『できるのか、気にかけてくれる優しい女の子に』
右手の平が冷たくなる。ここで委員長めがけ水を浴びせて立ち去る。なにを今さら戸惑っているんだ?
「伊野尾さん、水を浴びるくらい慣れっこです。バケツ一杯ぶんの水を浴びたことありますから」
なにさらっと打ち明けてるんだよ
俺と組が違う時期にいじめられていたなんて知らなかった。
「うるせぇ!!」
右手が震えていた。俺は黒く染まった暗幕の中に行くはずなのに、委員長が表舞台から繋いだ手を離してはくれない。
「うるさくてけっこうです。伊野尾さんの進む道は一つではありませんよ。選ぼうとしない道を選んでもいいんじゃありませんか?」
真っ暗な道の行き着く先は、刑務所か不審な死。
けれど、委員長がいる道は選択肢がたくさんある道で行き着く先はわからない。
「委員長は俺が怖くないのかよ?」
「はい。怖くありません。伊野尾さんが授業に遅刻したのだっておばあさんを家に送っていたからでしょう?」
一昨日はじめて遅刻をした理由をなぜ委員長が目撃している?
俺は照れ隠しをするためそっぽを向きながら座り直す。ふと、窓の外に視線を向けると、待っているはずの兄貴たちの姿が消えていた。
「伊野尾さんは真っ黒になれない心優しい人ですから!!」
優しい心は捨てろと言われ続けている。親父に反発した十歳の頃から、親父や兄貴たちがいる場所が不快に思えて逃げたいとばかり感じていくようになった。
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