黒夜に流れる思い出は

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琴の音が、聞こえた。かすかだが以前よりも力強く響くのは、腕前に自信をつけたからであろうか。儚い印象は消えていた。 成長されたのだな。 私は涙を流さんばかりに胸打たれながら琴の音を聞いていた。 左大臣家の板戸が開いた。招かれていた唐人が帰っていったようだ。板戸は少し開いたままになっている。姫はまた、琴のおさらいを始めたようだ。 美しい。 私は我知らず板戸から、屋敷の中に侵入していた。後先など考えられなかった 夢中だった。琴の音を頼りに忍び足に廊下を進んだ。 やがて。 私はとある部屋にたどりついた。灯火とともに琴の音が漏れている。 廊下に人の気配はない。私はついに御簾(みす)をめくって部屋に忍び入った。御簾をめくったとたんに濃密な(こう)()きしめられているのが分かった。嗅いだことのない香りに頭がぼんやりとする。 つややかな黒髪の流れが五月雨(さみだれ)の奔流のようだ。黒い夜の闇の中で、光り輝く黒。あの日からずっと恋焦がれていた。 姫はこちらに背を向けて琴のおさらいに夢中だ。私の侵入に気づいてもいないようだ。 決して触れてはならない。お顔を拝見してはならない。この方は天女なのだから。
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