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「あの日、お兄様とこの方が鞠遊びをしていたのを、私はずっと御簾ごしに見ておりました。まだ五つだったからと言ってあなどらないで。私はあの日のお姿をずっと胸に焼き付けて、今日まで生きてきたのですよ。女だから恋が叶うだなんて、お兄様は本当に思っているの? 東宮様はお優しくて立派な方だとうかがっています。でもすべては人伝えの風聞だわ。まだお会いしたこともない。それでも私は東宮様の元に参ります。私はそのために育てられてきたのだから。何が違うの? 私の恋もかなわないのよ。もう二度と、その方のお顔を見ることもないの。お兄様はこれからもずっと一緒なのでしょう?」
ああ、思い出した。二人で鞠遊びをしていた時に、どこからともなく
「お兄様、ずるい!」
と叫ぶ声が聞こえた。あれこそが姫のお声だったのか。
世界がぐるりと回る。私の胸にあった幻想の源がすぐそばにある。それなのに私は首一つ動かすことができない。息も苦しい。
「お兄様! ごらんになって!」
「まずいな。薬が効きすぎているやもしれん」
私を見つめる二つの顔があった。どちらがどちらなのか。まるで鏡に映したような二つの顔が、同じようないたわしげな表情を浮かべて私を見つめている。
私の意識はそのまま黒い闇の中に落ちていった。
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