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少将殿はくつくつと笑った。
「どうだ。これが左大臣家の『本気』だ。ゆめゆめおかしな真似はせぬようにな。ああそうだ。明日は唐より招いた琴の名手が姫の手ほどきにくる。遠巻きにしていれば琴の音くらいは耳に入れられるかもしれんな。それくらいなら構わんぞ。」
「お戯れを。私はそこまで好色ではございません」
「ふん。どうだろうな。そろそろいくぞ。帝がお出ましになるやもしれん」
少将殿はがばりと立ち上がって宿直所をでていった。
私はあわてて少将殿の後を追った。すらりと伸びた立ち姿も美麗である。ほっそりとして少年のしなやかさを残した中性的な背筋を追いながら、私はまた姫君を思った。
誰に聞く必要などない。私は知っている。少将殿と妹君は、瓜二つだ。
私はこの目で見たのだから。
あれは遠い昔。私は十歳にもなってはいなかった。父に連れられて左大臣家を訪れた。ご機嫌伺いに付き添わされたのだ。父は左大臣様に特に重宝されていた。
すぐに宴席が開かれた。酔い痴れている大人たちの騒ぎから少し離れて餅や干菓子をいただいていた私は、誰も構ってくれないのをいいことに屋敷の中を探検した。庭に面した廊下に出ると、大人たちの喧騒は嘘のように消えて、かわりに歌声が聞こえた。
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