黒夜に流れる思い出は

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『舞え舞え舞え舞え かたつむり。舞わねば牛に踏ませるぞ。舞えば常世の花園へ』 庶民の子どもたちが歌っている俗謡だった。それがまるで天上から降ってくるように美しく耳に届いた。 思わず庭に降りると、声の元を探した。中庭の松の木の影で、幼い少女が(まり)遊びをしていた。白い肌と、絹糸のような黒髪と、つぶらな瞳。絵巻物で見た天女のような少女だった。 「どなた?」 突然現れた私に、少女は戸惑っていたが、すぐに笑って言った。 「誰でもいいわ。遊びましょう」 少女はそう言うと鞠を投げてきた。私は蹴鞠(けまり)の要領で少女に蹴り返した。少女の胸元に鞠がふわりと返るように蹴ると少女は声を上げて喜んだ。 「うまいのね。」 少女がまた鞠を投げてきた。私は蹴って返す。少女が笑う。単純な繰り返しを夢中になって行った。少女は歌う 『舞え舞え舞え舞え かたつむり。舞わねば馬に踏ませるぞ。舞えば常世の花園へ』 舞っているのは私だ。舞えば常世の花園にこの少女とともに行けるのか? いや、すでに来ているのではないか。もはや私は常世の花園にいるのではないか。 そんな幻想は、廊下をどすどすと踏みしめる足音によってかき消された。 「どちらに行かれたのです。下賤な歌など歌って」
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