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私にはあの日の少女が男装をして目の前に現れたとしか思えなかった。
「どうかしたか? 差し手に迷いがあるようだが」
少将殿は小首をかしげて私を見た。
「いえ、囲碁はあまり得意ではないのです。申し訳ありません」
「ふうん。では何が得意なのか?」
危うく、鞠と答えそうになった。一緒に鞠遊びをしたではありませんかと言いそうになった。違う、この方は少将殿だ。あの日妹君と会ったなどと決して申し上げてはいけない。私は震える手で碁石をつまんだ。
それくらいに、お二人は似ておられた。
だからこそ苦しいのだ。少女の面影だけであれば思い出の中にしまい込めるのに。少将殿の成長とともに、私の胸中の姫君も美しく大人びていく。
翌日。
雨は止み、重い雲が垂れこめていた。自宅に戻って渦を巻く雲の模様を眺めていると、とぐろを巻く蛇のようにも見える。気持ちが少将殿の言葉に引きずられているのだろう。
姫君の琴の音を、聞きに行きたい。それだけでいい。
私は、供のものも連れずに、徒歩で左大臣家の屋敷に向かった。
やはり闇夜だ。月も星も雲に遮られている。左大臣家から漏れる灯火だけが頼りだ。
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