黒夜に流れる思い出は

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「雨だな」 そういいながら宿直所(とのいどころ)に入ってきたのは左近の少将殿だった。私は姿勢をただして彼を迎えた。今日は宮中を警護するため、少将殿と私は宿直(とのい)の役を仰せつかっているのだ。 「そう(かしこ)まるな。まだ(みかど)もお出ましになってはおらぬ」 私よりも三歳年下の少将殿は目覚ましい出世を遂げ、帝からの覚えもめでたい。左大臣家嫡男である血筋と、それに見合う才覚を持ち合わせている当代随一の貴公子だ。 私は少将殿の直属の部下。貴族の中ではさほど家柄がいいわけでもない私が昇殿を許されたのは、ひとえに左大臣様と少将殿の引き立てのおかげだ。一生この方についていくようにと父にも言い聞かされている。 「帝はお出ましになりますでしょうか」 「なる。あの方は、このようなもの寂しい雨が降る夜に特定の(きさき)の元を訪れはしない。それは他の后を悲しませることになるからな。それよりは我々と一夜を過ごして皆を安全に見守ろうとなさる。そのようなお方だ」 少将殿は脇息に寄り掛かり姿勢を崩して座った。衣服の裾が乱れて不思議な色香がたちのぼる。後宮の女房たちが舞い上がるはずだ。。
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