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第一章
そのアパートは文句のつけようもないくらいぴかぴかだった。ネットの情報によると、まだ建ててから一年も経っていないそうだ。
ぼくは近くの電柱の裏で身を潜めつつ、そのアパートの様子をじっとうかがっていた。部屋は全部で八つ。一階と二階、それぞれ四つずつだ。
アパートの方から、黒い物体がぴょんぴょんと弾みながらぼくのほうに飛んでくる。それはネコの形をしていた。
「どう? 誰かいた?」
最初は大人の弁当箱くらいの大きさしかなかったこのふしぎな生物に「ミミック」と名付けてしばらく経つ。最近ぐんぐんと大きくなって、大人のネコくらいのサイズまで成長した。お手入れしていないのに、その毛並みはつややかで思わずほおずりしたくなる。特徴的なのは、瞳の色が黒豆の甘煮みたいな深い黒色をしているところだった。毛の色と同化していて、のっぺらぼうみたいでちょっとブキミだけど、他の人はたぶんこいつがネコ以外の動物だということに気づかない。
ミミックには、ピンポンダッシュして別の誰かが部屋にいないか確認するように頼んでいた。役目を終えてぼくのもとに帰ってきたミミックは、ぶんぶんとバットをスイングするみたいに首を横にふった。
ぼくは腕時計を見て時刻を確認した。雑誌の付録でついてきたやつを妹から借りてきたのだ。十三時半。ターゲットがバイクに乗って飲食店のアルバイト先の飲食店に向かったのを、二十分前に確認している。事前調査によると、今日は十七時まで帰ってこないはず。忘れ物を取りに帰ってくる様子もない。踏み込むなら今がちょうどいいタイミングだろう。
ぼくは電柱の影から飛び出して、すばやくアパートの階段に向かった。ミミックも、音を立てずにぼくのあとをついてくる。ここで時間をかけて誰かに見つかったらおしまいだ。ぼくはできるだけ足音をたてずに、階段を駆け上がった。
目当ての部屋は二階の奥から二番目。203号室だ。
扉の前に立ち、ミミックに合図を送る。彼がぼくの合図に合わせて右の前足を突き出すと、爪の先からひじくらいにかけて、たちまちにスライムのようにぐにゃりとなって、やがてそれは鍵の形になってガチンと固まった。ぼくは素早く彼を抱っこして、彼が複製したその鍵を鍵穴につっこんだ。奥まで差し込み、右にひねると、ガタリ、とロックの外れる音がする。よし。複製を作る練習も何百回もやったもんな。ばっちりだ。
「よし、お前はここで見張ってろ。ぼくが行く」
二階の廊下からは、アパートに沿って南北に伸びる道路が見渡せる。そこでの見張りは絶対に必要だった。なぜかって、近所に住んでいるというターゲットの親が、ごくたまに合い鍵を使って勝手に部屋のメンテナンスに来るときがあるからだ。親が近くに住んでいるのに、なぜアパートの部屋を借りているのかよくわからないが、どうせ甘っちょろい家庭なんだろう。子が子なら、親も親だ。
ともあれ今回の潜入捜査において、その存在が唯一の不安材料だった。見つかってしまったら、警察に突き出されてしまうだろう。それだけは避けたかった。警察につかまったらきっとぼくは科学者になるという夢をかなえることができなくなるだろう。
ぼくはミミックを外の廊下で待たせて、部屋の中に入った。
室内の広さや、どこにどんな部屋があるかは事前にインターネットで確認済みだった。まだ一年しか経っていないので壁紙にはシミ一つないし、ほのかに真新しい木のにおいがする。部屋の中は散らかっていた。洗濯物はたたまずに山を作っていたし、食器類も洗わずにシンクに突っ込んだままだ。だらしないやつだ。こんなクズ人間にいいようにされている塩谷さんがフビンに思えてならなかった。早く塩谷さんを解放してあげたかった。
ぼくはさっそく調査にとりかかった。
整理されていない部屋から目的の物を探すのは少々手間だった。できるだけ侵入したあとは残したくなかったけど、途中から面倒になって、無造作に部屋をあさった。なあに、構いやしない。指紋が残らないようにちゃんと手袋もしてきたし、髪の毛が落ちないように帽子もかぶってきたから、個人特定されっこない。だいじょうぶだ。
二十分くらいして、勉強机の引き出しの中から外付けハードディスクとノートパソコン、通学用と思われるリュックサックの中からUSBメモリが一個見つかった。それと、クローゼットの棚の中からDVDディスクが三枚とUSB二個を発見。ノートパソコンを起動して、発見した三つのUSBをパソコンの挿入口にそれぞれ挿し込む。リュックに入っていたUSBには、ドキュメントファイルが二つほど保存されていた。何のデータかは不明だが、これは関係ない。クローゼットの棚の中に入っていたUSBの一つ目は、未使用なのか空っぽ。もう一つのUSBには動画ファイルが入っていた。全部で四つのファイルが保存されていて、32ギガバイトの容量にぎっちりだった。
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