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逃げない海
「……夏といえば、何だと思う?」
ある暑い日の昼間、朝晴は冷房の効いた部屋で横になってスマートフォンを触っていた。特にやることもなく、だらけていた。その中で京助がそう尋ねてきたので朝晴は少し考える。
しかし何も出てこないので適当に「暑い」と答えた。それを聞いた京助は「違う」と言うと、朝晴の隣に横になる。突然どうしたのかと朝晴は距離を開けようとしたが、それに比例して京助が近付いてくる。これでは壁にぶつかるだけだと、朝晴は溜め息をついた。
「……何?」
「夏といえば、海だ。だから海に行こう」
「俺、荷物番でいい?」
そう言ってからすぐにスマートフォンへと意識を戻そうとすると、京助が首を横に振った。
「朝晴も泳げ。脱げ」
「いや、言い方……」
肩をすくめた朝晴は仕方がないといった具合で、スマートフォンをのんびりとしまう。どうせ先程まで、ネットサーフィンをしていただけなのだから。
「京助はさ、海で泳ぎたいの?」
そういえばと浮かんだ疑問を口にする。海に行きたいと誘うのであれば、相当に泳ぎたいのだろうと。だが京助は「違う」と否定をすると、意見を述べていく。
「俺はお前の水着姿を外で合法的に見たいだけだ」
「俺、用事思い出したわ」
スマートフォンを再び取り出そうとしたが、京助に急いで止められる。表情はとても真剣なものであるが、先程のことを聞いた後では朝晴には効果などない。寧ろ逆効果だ。
「本当だ! 俺は本当に、水着姿が見たいだけなんだ! 裸とは違い、局部だけは隠れている。だがそれがいい! それがそそられる!」
「変態だ……」
気持ちは分からなくもないが、ここまでアピールをしてくるとドン引きである。朝晴はなるべく京助と目を合わせないようにしながら、起き上がった。時計を見ればもうすぐ夕方である。気温は昼間に比べたらまだ涼しい方だが、それでもやはり暑い。
この時間帯ならば、と朝晴は視線を合わせられないまま京助に聞く。
「まぁ俺も鬼じゃないからさ……せめて、海を見に行くくらいはしようよ」
「い、いいのか!?」
京助がかなり必死そうにそう反応するが、まるで喉が渇いた旅人が水を求めるかのようだ。イケメンが台無しである。しかしこのようにこのような自分に対して本気で居てくれるのが、朝晴はとても嬉しく思えた。
内心で緩やかに笑った後に「行くのか? 行かないのか?」と急かしてみると、京助は「行く行く!」と慌てて立ち上がった。
今の服装は二人ともティーシャツにジーンズだが、この時間でも日差しにより体力を奪われてしまうだろう。そう考えた朝晴は、日傘を持っていないか思い出していく。だが買ってすらいなかったので、弱く項垂れた。
「どうした?」
「……海は、また今度にしよう。日傘を……一緒に買いに行かないか?」
今のご時世では男でも日傘を持つのは当たり前である。寧ろ命知らずと見られてもおかしくはないだろう。しかし朝晴は基本的には在宅ワークの為に、そのような物など必要無いのだ。
まずはどこで買いに行こうと考えを巡らせていると、京助が何かを思い出したらしい。玄関に行き何かを取ると戻ってきた。見せてきたのは、黒い普通の傘である。京助が部屋の中で広げてくれたが、やはり普通の傘である。
「これは、雨傘兼日傘らしいが……そうだ、これで相合傘して海を見に行かないか?」
「嫌だ」
そっぽを向いた朝晴だが、本当は相合傘をしたいと思った。だが自身のような平凡な外見の人間と、京助のような顔の整った人間が、果たして人から見れば釣り合うのかと疑問が湧いてきてしまう。いや、これは好きでいてくれている京助に失礼だと思い、首を振ってそのような思考を振り落とす。
ふと顔を上げると、京助は特に機嫌を斜めにしている訳では無い。朝晴の態度に対して、怒っている様子は無いようだ。安堵をしていると、京助が傘を閉じていく。そして朝晴の方を見ながら言った。
「では、持っていないなら、日傘を買いに行こう」
「うん……」
今度こそはと返事をすると、二人は日傘を買いに行ったのであった。途中で京助に相合傘をしてもらいながらだが、恥ずかしいと思った朝晴は必死に我慢をしていて。
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