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1・出会い
周囲は緑色の闇に覆われていた。
時折、風に煽られた木々が会話でもしているように、ざわめく。
おい、また自殺をしに入って来たぜ。
まったく、人間てのは懲りないな。
木々がそんな会話をやりとりしているようだった。
片桐良一は足場の悪い樹海の中をさまよっていた。
良一はある時、会社に行こうと電車に乗り、普段、降りるべき駅には降りず、電車に身を任せて、気が付いた時には見知らぬ駅にいた。
そうだ。死のうと思って駅の外へ出て、歩いているうちに、死に場所としてこの樹海にたどり着いた。
夏になろうというのに樹海の中はひんやりしていた。昨晩降った雨のせいか、ただでさえ悪い足場が更に悪くなっていた。おまけに通勤用の革靴を履いてきたから、良一は何度も転びそうになった。
着の身着のままで、無計画に樹海に足を踏み入れたものだから、自分がなぜ、ここにいるのか、分からなくなる。
樹海ではもちろん、スマホは通じない。
方角もわからない。時間が経つにつれて、周囲は暗闇になるから、更に方角がわからなくなる。まさに死に場所には相応しい。
辺りが暗くなってから、良一は恐怖を覚えた。繋がらないスマホの灯りをつける。電源の残量が50%を切っていた。
今から戻ろうにも、もう戻れない。一旦、樹海の奥深くに入ってしまったら、完全に袋小路になる。だから、樹海に入ったまま生死不明になるものは年間千人以上だという。
今頃、妻は姿をくらました良一を探し回っているだろう。置き手紙でも書き残していけばよかったか?
しかし、夫婦仲はとっくに冷めていた。もしかすると、良一の心配は杞憂かもしれない。
脚も棒のようになっていたので、良一は一本の太い木に寄りかかった。
物音ひとつしなかった。良一はネクタイを緩め、呼吸を楽にする。そして、束の間の眠りについた。
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