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気が付くと、目の前に影があった。良一はビクッと身体を震わせた。
熊か、野犬か、樹海の中にはいろいろな生き物が生息している。もし、野犬だったらかみ殺されるだろうか。死は死でも、そんな死に方はしたくはない。
「あ、生きてた」
影が喋った。影はむっくりと立ち上がると、スマホの灯りで良一を照らした。
「あああ、くたびれたおっさんかあ。男の人が座り込んでたから、イケメンかなって期待してたけど。まあ、イケメンだったら自殺なんてしようとは考えないか...」
よく見ると、セーラー服を着ていた。女子高生?なぜ、女子高生がここに?
「あ、おっさん、今こう考えたでしょう。高校生の分際で、森の中をほっつき歩いてるなんて、けしからんて」
良一はネクタイを緩めた。
「君も、死にに来たのか?」
「当たり前でしょう。誰がこんな薄気味悪い樹海に遊びに来るのよ。ところで、隣に座っていい?」
良一は迷ったが、彼女のためにスペースを空けた。
「夏でも夜になると寒いねえ。なんか羽織ってくればよかったかな。あ、これから死のうとしているのに。なんだか矛盾してるね」
「随分、元気に見えるね。本当に自殺をしに来たのかい?」
「やだなあ。ハイにならないと死ねないでしょう。あのね、おっさん、死ぬって素の状態じゃできないんだからね」
良一は思わず笑った。久しぶりに人と話したせいか、胸の辺りが温かく感じた。
「何かおかしなこと、言ったかな?それとも、おっさん、死ぬのが怖くておかしくなった?」
「ごめん。久々に人と話したから」
「あ、おっさん、もしかして、引きこもりだった?わたしのクラスにもいたなあ。一年間、一度も外に出ないで部屋に引きこもってたやつ。だから、会話はネットだけ。信じられる?」
「君の時代じゃ引きこもりなんて珍しくないだろう」
「まあ、そうなんだけどさ」
風が強くなってきた。木々の茂みがざわざわと揺れる。
「ねえ、おっさんはどうやって死ぬつもり?」
良一はそう問われ、初めて死ぬ方法を考えていなかったことに気づいた。ネクタイに手を伸ばしてから思いついた。
「ネクタイを枝にかけて首を吊るつもりだよ」
「ふうん。あんな高い枝にどうやってネクタイをかけるの?」
良一は天を仰いだ。考えてみれば、ネクタイで首を吊るなんて不可能だ。
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