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良一は思い出しても吐き気がした。
「会社でいじめられてたの?会社でもいじめって、あるんだ」
「まあ、いじめというか、報いなのかもしれないな。俺は会社の人事部ってところで働いているんだ。人事部ってわかるかな?社員を採用したり、異動させたり、派遣やアルバイトを手配したりするところさ。そこで俺は会社からリストラ候補をピックアップして、首を切るように命じられた。嫌だとは言えなかった。会社の命令は絶対だからね。君も社会に出ればわかると思うけど、会社というのはある意味、檻みたいなところなんだ」
「ふうん。だから、日本のサラリーマンて、居酒屋はしごして、飲んだくれてるんだね。かわいそう」
彼女に同情されて、良一はげんなりした。
「俺は泣く泣く、ある男性社員を切った。彼には中学生の娘がいた。家のローンも残っていた。経済的には決して裕福ではなかった。だけど、彼は営業成績を上げていなかった。つまり、会社のお荷物だったんだ。彼にリストラを言い渡した時は泣きつかれたよ。せめて、娘が高校を出るまでは待ってくれってね。俺は退職金を出すからリストラに応じてくれと頼んだ。彼は最後に、俺に向かって、おまえは悪魔だ。血も涙もない。おまえのことは忘れないってね怒鳴り散らした。会社からの命令とは言え、人にリストラを言い渡すのは嫌なものを通り越して、苦痛だったね」
「ご苦労さま。それで、リストラされた人はどうなったの?」
良一は顔を伏せた。思い出すだけで涙が止まらない。
「彼は首を吊って亡くなったよ。遺書に会社と俺の名前を残してね。葬儀に出たけれど、彼の奥さんに塩の塊を投げつけられたよ。娘さんはいつまでも俺を睨みつけてた。あれから俺の日常は変わったよ。会社の人間が俺を忌み嫌うかのように避けていったんだ。まるで俺は死神みたいになった。それはそうだろう。今度はいつ、リストラのターゲットになるか戦々恐々だよ。俺に睨まれたら最期とばかりに。いや、あれは本当に参ったよ」
「ありがとう。なんか、わたし、無神経に訊いてごめん...」
「本当に反省してる?なら名前を教えてくれ。俺は片桐良一。食品メーカー「鯨丸」の人事部だよ」
「え、鯨丸なんだ。あそこのかまぼこ、美味しいよねえー。必ず我が家の食卓に並ぶよ。あ、名前ね」
彼女は居住まいを正し、髪を両手で整え始めた。
「畏まらなくてもいいよ。面接じゃないから」
「なんか緊張するなあ。わたしは三枝和歌子。あんまり好きな名前じゃないけど、小湊高校の二年生。クラブ活動は帰宅部。以上」
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