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儀式の失敗
「儀式は失敗だ! 目覚めないのならばそれを殺せ!」
俺の座敷入りに異を唱えた男の声が、意識を失っていた俺の耳に響いた。
ぼんやりと目を開ければ、俺は座敷の真ん中に転がされており、肌寒いと俺は自分の体に目線を動かしてみれば、俺の衣服ははだけさせられていた。
初めて顔を合わせた親族に俺自身が挨拶する前に、シャツを勝手にはだけられたせいで、俺の乳首の方が先にコンニチワをしているじゃないか!
俺は慌てて起き上がり、むき出しの胸を隠そうとシャツを引っ張った。
そこで、俺の手は止まった。
俺の、俺の右胸、鎖骨のすぐ下辺りに、見覚えのないケロイドがある。
「目覚めました。はなえが当主です」
兄の声が座敷に静かに響いた。
俺はもう一度何が起きたのかと座敷を見回した。
俺を追い出せと言った男、初老に近い年齢の男は紋付き袴姿に似合う、日本刀らしきものを振りかざしているではないか。
兄の声が俺の上から聞こえたのは、その男に対峙して俺を守るようにして立っていたからで、それで、虹河は! と思ったら、俺に服を着せかける手があった。
「に、にじ」
「しい。お前は直ぐに服を着ろ。直ぐに東京に帰るからな」
「う、うん」
ボタンを留めようとしても止まらないどころか、ところどころのボタンこそはじけ跳んでいて、布地について無い状態だ。
指先だって感覚が無い。
自分が動かそうと思っても痺れていて動かない。
虹河は舌打ちをすると自分のネクタイを外し、俺の閉じる事の出来ないシャツの襟にネクタイを通して結んでしまった。
「何か、かえってエロいよ」
「ばか。お前が変わっていなくて良かったよ」
「あたりま……」
当り前と言おうとして、俺が見たばかりのものを思い出した。
右胸に広がるケロイド。
あれは人の顔をしていなかったか?
俺は再びシャツを開いた。
「嫌だ! 何これ、何で、なんでこんなのができているの!」
「はな――」
「ほら見ろ。何も知らない人間に神を渡してどうするのだ! このような事は今まで一度たりとも起きなかった。さあ、崇継よ、殺せ! お前が当主としてその間違いを今すぐに修正するんだ」
「しませんよ。英も父の血を引く花房家の人間です。神が彼を選んだのならば、彼が当主です」
「おおそうか! ではその当主様に次の儀を続けて頂こうではないか!」
ざしゅ。
俺の直ぐそばに日本刀の刃が突き刺さり、最初から俺を刺す意志のものではなかったが、俺は虹河に庇われるようにして抱きしめられていた。
「てめえ! 銃刀法違反って知らねえのかよ! ついでに言やあ、刃物持って脅しやがって。脅迫行為でしょっ引くぞ、このやろう!」
虹河の本気の怒鳴り声は滅茶苦茶怖い。
俺は彼にしがみ付いていた。
「やかましい。この部外者が! これは一大事なのだ。火結様を失えば、この世の悪鬼の類を懲罰できなくなる。人の世の終わり、花房家の終わりだ!」
「お前こそ何を電波飛ばしてんだ!」
「崇継よ、お前の生贄は本当にこの儀式の意味が分かっておるのか?」
俺を抱き締める虹河の腕に力がこもった。
生贄? 目の前のジジイは虹河の事を生贄と言ったの?
「まあ用意された生贄もいるんだ。さっさと済ませ。そいつに出来るものならな」
「そうですね。英には出来ないと思いますよ。ここだけは残念です。僕が当主になったのであれば、最初の生贄にあなたを選んだのに」
「な、なにを!」
初めて俺達を糾弾する男の声が脅えて揺らぎ、そして、俺は俺の前に立つ崇継が一度だって揺らいでいなかった事に気が付いた。
俺の目の前で、俺を守るようにして、ずっと立ち塞がっているのだ。
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