聞かされたこの先の事

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聞かされたこの先の事

 暗い夜道を走る車。  花房家は山の中にあったのか、高級車と言えども道の悪さにごつごつと車体が揺らぎ、俺は後部座席で吐き気を押さえながら横になっていた。  虹河は心配するなと言い、その言葉通りに今は東京に車を戻すことだけ考えて車をひたすら走らせている。 「大丈夫か? 上越自動車道に乗れたら一番近くのパーキングに寄るからな、それまで我慢できるか?」 「うん。ごめん」 「バカ。これは最初から崇継と決めていた事だ。お前は何も考えるな」 「に、兄さんは、決めていたって、あの」  ばしん。  虹河が苛立ちまぎれにダッシュボードが何かを叩いた音だ。  彼は短気な所があるのである。  しかし、弱い人間にその拳を振るった事は無く、苛立ちを感じれば固い壁などを叩く。  俺の頭をよく叩くが、叩かれた俺が痛いと感じたことは無く、その行為は少々大雑把すぎる撫で方と同じなものだ。  だから俺は虹河に脅えるどころか、兄のようにして甘えて生意気な口を叩けもするのである。  その彼が今は非常に怒りに満ちている。  俺は自分に掛けられた虹河の背広を引き上げて中に籠った。 「悪いな。俺は全部を聞いていたが、その全部の例外話も聞いていたが、その場合の対処法だって、ああ、聞いていたよ。だがな、納得できない。それでも、最善な道はお前に残してはある」 「――教えて。知らないままは嫌だ」  ばしん。  それから大きなため息。  しばしの沈黙。  車のタイヤが小石を踏んだのか、車体が少し跳ね上がった。  俺は吐き気が再び押し寄せ、ううっと呻いた。 「大丈夫か? はあ。最後まで俺はお前に知らせたくない。最後は俺に任せてくれるか? 最後はお前には何も分からないように目隠しをしてやるから」  それは自分の最後の時の話のような気がして、俺は「いいよ」と虹河に答えていた。  あの叔父が言っていた「生贄」を俺は作りたくはないし、俺が虹河を殺すなんて絶対に嫌だ。  そこまで考えて、兄さんがその係にはなることは無いのだとホッとした。  浮世離れしている人だからこそ、地に足が付いた虹河の存在が崇継には絶対に必要なのだ。  兄が虹河を殺す未来など……。 「俺が失敗して、俺が死んだら、次は兄さん?」 「お前が七日後に死んだら誰もそれを継がない。そいつはこの世に解き放たれて、未曽有の災害を起こすらしいな。――俺はそれでもいいと思っている。どうして今までそうしなかったのかと、花房家を恨んだね。崇継の継ぐものをあいつから聞いた時にね」  ばしん。 「ああ、畜生! それでこれでわかったよ。俺も同じだって。俺はお前を死なせたくないよ。絶対にね。だからお前を七日守って七日以内にお前を完全な当主にしてやる。だから、だからさ、お前は心配するな」  俺は先の言葉が、俺の最後の話ではなく、俺に目隠しさせて虹河を殺す話だったのだと思い当たった。  思い当たったそのまま叫んでいた。  いやだ、と。 「いやだ! 虹河さんを生贄にするのは絶対に嫌だ!」 「ばか。俺は死なないよ。崇継は俺とお前が死なない道をずっと考えていたのさ。例えば、あいつが当主になった場合、生贄はあいつが言った通りに親族の誰かにしただろう。それであいつは狂うが、俺達はあいつに寄り添う約束だろう?」 「う、うん」 「それから、悲しい事に今のお前の状況、という可能性も言っていた。だったらお前を連れていくのは止せと言ったが、霊魂に距離は無いそうだ。俺達がいない場所でお前がおかしくなるよりは目の前にいた方が良い。だから連れて来た」 「だからあなたは俺をずっと抱きしめていたんだ」 「ああ。お前に誰も殺させたくない。それに俺達はお前こそ死なせたくない。わかるな。三人で生き延びる道をあいつは考えた。だから、お前は何も考えるな。俺に全部任せておけばいいんだよ」 「うん。うん」  俺が生き延びるには、俺が誰かを殺す道しか残っていない。  でも、その咎は全部虹河が受けると言っている、のだ。  俺は虹河の背広をしっかりと顔に当てて泣いた。  彼の背広が使い物にならなくなるぐらいに、涙を彼の背広に擦り付けた。  運転中の彼に縋って泣くことは出来ないから。
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