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パーキングエリア
「大丈夫か?」
俺は公衆便所の便器にしがみ付いて嘔吐していたが、俺の背中を撫でる大きな手は優しく、撫でられるごとに俺の身体は温かさを取り戻していった。
俺の吐き気は車酔いというよりは低体温による脳貧血に近いと、元警察官で人命救助の方を学んだこともある男が言うのだからそうなのだろう。
俺のなかでは虹河は絶対なので、彼に異を唱えるなんてことはしない。
俺の口は生意気盛りだろうが。
「大丈夫ですか?」
別の人の声?
こんな夜中の俺達の車のほかに車が止まっていなかった場所で?
「大丈夫です。便器はまだたくさんありますからお気になさらず」
「虹河さん、たら」
虹河の言い方に笑いが漏れそうになったが、そのすぐ後に鈍い音がした。
俺の背中の大きな手が消えている。
がつっ。
何の音だと慌てて振り返れば、虹河は彼と同じぐらいの背の大男と格闘していた。
「虹河さん!」
男が繰り出した蹴りを、うわ、足を使って流した。
そして、バランスを崩した男の延髄に手刀を叩き込んだ。
「すごい! 横幅は虹河さんの二倍あったのに!」
「ははは。お前はプロレス見せた方が元気が戻るのか。立てるか? すぐにここを出る。車は使えるかな」
「この人は」
「この程度じゃあ、俺の足止めでしか無いな。ああ、車。何もしかけられていないといいが」
虹河は俺の腕を取ると俺を引き摺るようにして歩き出し、俺は足元にぶつかったモノ、初めて見たバタフライナイフを拾い上げた。
「そんなものをお前が触るんじゃない!」
すぐに虹河に奪われて、そのままそのナイフは遠くに放られた。
ナイフはトイレのタイルに当たり、カシャンと小さな音を立てた。
「だって、俺が七日以内に死ねば兄さんが当主になるんだよね。だから、花房の人達が襲って来たって事だよね?」
「俺が守るって言っているだろう! お前は大人しく守られるお姫様をしていればいいんだよ! このアホンダラが!」
「でも、俺だって!」
「素人がふらふらしている方が邪魔なんだよ!」
「じゃあ、どうしたら!」
ほら、トイレを出たところで、三人もの男達、見るからにさっきの男と同じぐらいのいかつい人達が俺達を待ち構えていたじゃないか。
「手渡してくれたらあなたの安全は保証します」
「その後は当主様のご判断になりますが」
三人の真ん中の男がはじめに声を掛けてきて、左隣が茶々の合いの手をいれ、三人は一斉に笑いさざめいた。
「英、わかっただろ?お前は守られていろ。次の生贄予定の俺が殺される事はねぇ。危険なのはお前だけだ」
俺は虹河の後ろにぐいっと回されて、そして、軽く体を押されて虹河からほんの少し下がらせられた。
「ぎゃああ」
「うわ!」
「ああああ!」
虹河は金属のしなる長い棒を持っていたらしく、それを引き出す動作そのままに、一気に三人の男達の足元を薙ぎ払ったのである。
何の警告も無く、身を屈めた途端に、一気に。
その後は、倒れた人達に止めを入れていた。
勿論殺したのではなく、急所に拳や蹴りを入れて気を失わせたのだ。
あ、ついでに奴らのポケットから車の鍵を取り出した。
「行くぞ」
「はい」
俺は駐車場へと歩き出した彼の後ろ姿を追いかけた。
特殊警棒を持った元警察官程怖いものは無いだろう。
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