裏切り

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裏切り

 フロントガラスに穴が開き、車体も泥だらけの傷だらけの高級外車が、よくも都内を警察に停められることなく走れたものだ。  その上、虹河が車を止めたのは、渋谷区の松濤という超高級住宅街である。  大き目の敷地に一戸建てしかないという、この一等地で嘘だろう、というような景色が広がるそんな場所に立つマンションは、やっぱり高級なものだった。  しかし、俺と崇継が住む家と違い、タワー型ではなく景観を壊さない高さと外観をもったこじんまりとしたものだ。  生命維持装置が必要な子供と聞いていたので病院に行くのかと思ったが、俺達に殺される予定の不幸な人はこのマンションのどれかにいるという。  俺はマンションそばの公園というには山の一角に見える緑が生い茂るそこを見返し、自宅の窓から元気に走り回る子供を自分の子供に重ねたのに、と自分で自分のお腹を撫でていた。  え? 「何をやってんの?」 「いや、え、あの」  俺はエントランスに虹河に連れ込まれ、虹河は勝手知ったるという風にオートロックを開けて、エレベーターにまで進んだ。 「目隠しは室内で、だな。人目がありすぎる。お前はそれまで目を瞑っていろ」 「うん」  俺は虹河の腕に自分の腕を絡ませて目を瞑った。  エレベータの扉が開き、虹河が階層ボタンを押す。 「五階」 「目を瞑っていろと言っただろ」 「瞑っているけど見えた。目隠しも無意味かもね」 「そうか。昨日のうちに目隠プレイを試してみりゃ良かった」 「その誤解されたら大変な言い方、止めてくれる?」  虹河は乾いた笑いを上げながら俺をエレベータから降ろし、そのまま俺を引っ張って目的の部屋の前にまで歩かせる。  目的地である部屋番号の下には名前も何もないが、俺の目の前でドアが開き、弓月かなえが俺に突撃するようにして出て来た。  それは映像でしかなかった。  俺が驚いた拍子に目を開けてしまったが、そこに出勤しようとする弓月かなえの姿などありもしなかった。 「弓月かなえさんの子供?」 「目を開けるなって、そうか、見えているのか。じゃあ、目を開けたままネクタイで縛ったら今度こそ何も見えないかな」 「本気で昨夜のうちに目隠しプレイすれば良かった」 「そうすりゃ俺のデカブツに目を剥く事も無かったもんな」 「この親父が!」  虹河は笑い、ドアノブに手を掛けた。  俺はもう一度目を瞑り、飛び出すように出て来た弓月の映像を再び目にする事になったが、彼女の後ろに見えたものにこそ驚いていた。 「虹河さん。黒いバッテリーみたいなのって何に使うの?」  鍵を入れようとしていたそこで虹河は動きを止めた。 「バッテリー? 小児用の人工呼吸器じゃ無く?」 「廊下に置いてあった」  虹河はちっと舌打ちをするや、スマートフォンを取り出して、しかし、どこかに掛けるどころかそのスマートフォンを俺に顔の前に翳した。 「え?」  俺はその代わりにして虹河に横に引っ張られた。  がつん。  見えない何かにぶつかり、虹河のスマートフォンは彼の手から弾け跳んだ。  共有廊下に転がるスマートフォンには、俺達が乗って来た車にできたものと同じ穴が開いている。 「畜生! 罠か! あの女、裏切ったな!」  俺は虹河に引っ張られ、再びエレベーターに乗せられた。 「階段の方が安全じゃ無いの?」 「追いかけてくるのが人間ならな。あいつらは電気を通したものは苦手なんだよ。なぜだか俺には解らないけどね」  俺の右手はがっちりと虹河に掴まれている。  そして彼は駐車場ではなくマンションの敷地外へと歩き出した。 「どうして、車は!」 「あの車こそ弓月が手配したものだろうが!」  どおおおん。  虹河の言葉にそうだと言っているかのように、俺達の車が爆発炎上した。
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