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温かな大きなあなたの手
俺は爆発炎上してしまった車を茫然と見つめるしかなかった。
本当に仕掛けがしてあったとは。
「ナイスタイミング」
「全くお前は。さあ、行くぞ。とにかく一度家に帰ろう。いいな」
「うん」
俺達はそこから渋谷駅に向けて走った。
タクシーは運転手を巻き込むから駄目だ。
バスも同じ。
だけど、電車だったら、電車だったら、電気の箱そのものだ!
だから、渋谷駅に向かって必死に走った、のだ。
松濤の坂道を下れば大きな百貨店の本店があり、それを越えて走れば、マルキューがあって、その先にはスクランブル交差点がある!
平日なのに渋谷は人が多く、俺達は歩く人に次々にぶつかりぶつかられては、前を行く足を何度も止めさせられていた。
「ねえ! 地下に降りよう! そっちの方が先に進める!」
「ダメだ!」
「どうして! 少しでも早く!」
「きゃああ!」
虹河は後ろで起きた悲鳴に舌打ちをした。
俺は後ろを振り返った。
倒れた人がいる?あれはその人垣なの?
「この人混みが俺達の姿を隠す隠れ蓑になっているんだよ!」
「あの人は俺の身代わりに? 俺たちが殺したの?」
「うるせえ。俺はお前と崇継以外どうでもいいんだよ!」
「そんな!」
俺は掴まれていた手を放され、今度は虹河に肩を抱かれ、そして有無を言わさずに彼に前へと歩かされた。
「少しでも早く歩け! 俺達がここから消えるのが早ければ早いほど、無駄に傷つく人が少ない」
「ああ!」
今度の悲鳴は子供だった。
それも、小さな男の子の悲鳴。
虹河の足は止まり、その方角に彼は見返してしまった。
俺に回していた腕だって俺から離れ、彼は二歩ぐらいはその悲鳴の方へと動いていた。
男の子は小学生になったばかりぐらいの大きさだった。
渋谷にある大きなアミューズメントパークのアンテナショップに売っている、ポップコーンのプラスチック容器、それを道路にぶちまけていただけだった。
俺も虹河も顔を合わせて笑った。
虹河は目尻に思いっきり笑い皺を寄せて、情けないほどの笑顔を作った。
「行こうか」
「うん」
俺達は一歩前へ、そう、足を止めた虹河の代りに俺の方が一歩先に出た。
出てしまった。
出来る限り早く走ろうと、俺はスクランブル交差点を一気に渡ってしまおうと真っ直ぐに駆け出していた。
「はなぶさ! 真っ直ぐに走るんじゃない!」
俺の腕は虹河に捕まれた。
虹河は俺の名前を叫びながら俺を引き倒し、俺は世界をグルグルと回転させたながらアスファルトの地面に転がっていた。
そのまま動きたくなかった。
嘘だろう?
虹河の体を銀色の矢が貫いて、それが俺の右胸をも貫いたのだ。
いや、俺は貫かれなかった。
矢のような物は俺の右胸で動きを止めた。
俺の右胸の人面疽、それが銀色の矢を噛みしめていた。
奴はそいつをかみ砕き、俺に歯を見せて笑って見せた。
アスファルトに転がりながら、俺は倒れたままの虹河を見つめる。
俺を庇ったそのままの、動かなくなった彼を。
「にじかわ、さん」
うつ伏せで倒れる彼の顔など見えず、いつも俺を撫でてくれた手の平だけが俺にはよく見えた。
俺の頭を撫でてくれた大きな指はピクリとも動かない。
「にじかわさん」
俺はよろよろと這い、虹河の遺体の傍ににじり寄り、まだ温かみが残る彼の右手の平に頬を当てた。
俺が泣いていたら絶対に頬に手を当ててくれた、とっても固いのに優しく感じる虹河の大きな手の平。
「にじかわさん。ああ、にじかわさん」
このまま一緒に死んでしまいたいと願いながら、俺は目を閉じた。
俺が虹河を殺した。
俺のせいで虹河が死んでしまった。
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