迎えに来た男

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迎えに来た男

 花房崇継を知って俺が驚いたのは、彼が、いや花房家が普通じゃないぐらいのお金持ちだったことだ。  花房家の本宅は信州の奥地にあると崇継は笑ったが、俺はこれから住む家が、高級マンションの最上階の広い部屋だと聞いて、これは悪い夢の出だしに違いないと何度頬をつねった事か。  施設から俺が実際に出所したのは崇継が迎えに来た数日後で、俺を花房家の真黒で大きな車に乗せたのは、虹河(にじかわ)という名の三十代ぐらいの男性だった。  学校の先生のような髪型をしたスーツ姿の男性であったが、細身に見えるが姿勢がとても良いせいで、立っているだけで威圧感があった。  また、眉根に皺を寄せる癖や、何かを眺める時の睨みつけるような目線で、俺の虹河の第一印象は怖いその筋の人だった。  自己紹介をしたときに、子供な俺ににこりともしなかったのだ。  それなのに、彼が俺を車に乗せる時の手の当て方が意外と優しく、俺は彼が人づきあいが下手な人なんだと子供ながら思う事にした。 「まずデパートに行きまして、君の部屋に置く家具を買います。服もそこで揃えますから、少し時間がかかりますよ」 「あの、崇継さんは元気ですか?体の調子が悪いのですか?大丈夫ですか?」  俺は虹河に尋ねていた。  俺が虹河にがっかりしたのは、俺こそ崇継に会いたかったからなのだ。  あれ、虹河が微笑んだ?  俺が吃驚していると、虹河はほんの少しだけ緩んだ口元を元に戻し、いい子だ、と呟いた気がした。 「あの」 「ああ、崇継さんは元気とは言えないけど、元気だよ。ただ、買い物には出歩けられない状態なだけでね、君を家で待っているよ」 「あの、それなら、真っ直ぐに家に、あの、崇継さんの家に行ってください」 「それは駄目」 「どうしてですか?」 「家具も服も玩具も、君が欲しいのを選ばせろっていうのが崇継さんの希望ですからね。お気に入りを手に入れた君。崇継さんにウンザリしても家出なんてしたくなくなるでしょう?それが崇継さんの言い分です」  俺はうぷぷっと吹き出していた。  吹き出して、目元からも何かが噴き出していた。  そうか、崇継は俺に出て行ってほしくないんだ。  俺は本気で望まれているんだ。 「大丈夫ですか?」  俺の目の前には清潔な白いタオルハンカチが差し出され、俺はありがとうと言いながらそのハンカチを受け取って涙を拭いた。 「今日の迎えが俺ですいませんね。俺は元警察官で、ちょっと強面なせいか人を余計に緊張させてしまうんですよ」 「そうなのですか?俺が知っている警察の人は、私服の時は近所のただのオジさんですよ」 「ふうん? 君は俺が警察には見えない?」  はい、その筋の人かと思いました。  子供でもそんなことを言っちゃいけないと分かっている。  そこで俺は口をつぐんだ。 「やっぱ、元機動隊は普通の警察官と違うか」  急にくだけた口調で呟いたので、俺は吃驚して聞き返していた。 「機動隊員だったのですか?」 「そう。テレビカメラの前で暴言吐いちゃって、全国ニュースにも顔出して放送されちゃったのよ。それで降格されたから辞めたの」 「それで、崇継さん、ええと花房家の会社に転職ですか」 「いや、俺は崇継さんの個人秘書。個人的に崇継さんに雇われている。あと二人いるよ。溝江と弓月(ゆづき)。溝江と弓月は頭で雇われているからね、肉体系の仕事は俺の管轄ってこと」 「崇継さんって、凄いお金持ちなんですね」 「うん。暴言吐いた俺を気に入って探していたそうだよ。ええと、俺って王子に見つけられたシンデレラ?」  俺はまた言葉が出なくなってしまったが、今度は車がデパートの地下駐車場に入って行ってくれたおかげで俺は返事に悩むことは無くなった。  いや、デパートの中で返事に困ることはたくさんあったけど。  子供心にも、値札が凄い数字なんだもの。
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