四十九日も近くなり

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四十九日も近くなり

 結局俺は花房家の当主になった。  兄は俺の後見人という名の介錯人だ。  俺達は以前の暮らしと戻るようにして家に戻ったが、以前の暮らしと同じどころか、そこには勝手に棲みついていた虹河がいない。  兄は俺を責めなかった。  辛かったね、そう言って俺を慰めただけだ。 「君は辛いだろうけれど、虹河がくれた命だと思って頑張ろう。僕も出来る限り君を助けるから」  虹河がくれた命。  その通りだ。  俺を狙った式神から俺を庇って彼が殺され、その式神が喰らいついて虹河の体から引っぺがしたばかりの魂を、俺の右胸の人面疽が式神ごとかみ砕いたのだ。  実際には俺が手を下していないが、結果として魂を人面疽に捧げた事になり、俺の人面疽は俺の身体に完全に縛り付けられた。  つまり、当主交代の儀式がつつがなく終了したという事だ。  大弥彦篤子が言うには、だが。  彼女は虹河の葬式に参列してくれた。  泣いてもくれた。  そして、俺を罵るどころか、鍛えてやると言ってくれた。 「鍛える?」 「ええ。私は大弥彦家の当主よ。大弥彦と花房は持ちつ持たれつ、呉越同舟、一蓮托生、運命共同体、ええと、」 「もういいよ。わかった。君の申し出は願ったりなんだ。こちらこそお願いだ」  彼女は鼻を鳴らした。  俺が復讐を考えている事を知ったからだろう。  俺は当主になるが、俺にあの式神を放った術者、命令した者、必ず見つけ出して、俺達が虹河を失った喪失を思い知らせてやりたいと考えているのだ。  もちろん、崇継は直ぐに俺の気持ちに気が付いた。  だが、咎めるどころか、俺の手助けをすると言った。  俺が勝手な行動をして崇継の知らない所で俺を失うくらいなら、何をしているのか常に知った上で手助けをしたい、とそこまで言ってくれたのだ。  いや、崇継がそこまで言うのも当たり前だろう。  彼こそ虹河の不在を嘆いているはずなのだ。  虹河がいなくなって誰もゲーム機に触らなくなったが、飲みながらゲームをしてグラスを置きっぱなしにする虹河の癖みたいにして、毎日ブランデーの入ったグラスがモニター前に置いてある。  俺が崇継に、虹河はウィスキーだよ、と言うと、崇継はさらっと言い返して俺を泣かせた。 「ウィスキーにしろって、化けて出てきたらいいね」  俺の心が完全に死ななかったのは、兄がいてくれるからだろう。  俺の後頭部が強く叩かれた。 「なんですか?大弥彦先輩」  誰も来ないはずの三階非常階段踊り場は、俺が虹河を想って黄昏る場所だったのに、最近ではいつも大弥彦に邪魔をされる。  彼女は葬式で俺に言い放ったとおりに、俺に呪術の事を教えようとしてくれるのである。  そして今日の大弥彦は、本気で怒っている顔を俺に見せつけていた。 「何ですか、先輩」 「お前はちゃんと父の死を息子に伝えたのか!」 「つ、伝えました! 本人じゃ無くて、あの、別れた奥さんになりますけど」 「ああ、葬式に来て弔慰金はないかって騒いだ女ね。そんな奴が息子に父親の死を伝えると思っているの?」 「え、奥さんてそんな女の人だったんですか?」 「おい、喪主が弔問客を把握していないってどういうことだ?」 「すいません! でも、俺、俺は」 「ああ、棺から離れない忠犬状態だったわね。で、気付かなかったと。まあ、普通にあんな女が虹河さんの奥さんだって思い当たらないわよね。そうよ。私だって知って驚いたわよ! 聞いてた話とぜんぜん違うじゃないって」 「ええ! 先輩は虹河さんの私生活知っているんですか! 俺だって知らないのに!」  また後頭部を叩かれた。  それも強く! 「この馬鹿! 私生活を知らないって言い草は何事だ! あなたと崇継に私生活を全部捧げていた男じゃ無いの! 私が知っているのは身上調査の報告だけよ!」 「うわ! 金にあかせたストーカーだああ! 虹河さん女運悪すぎ! あの弓月とか、前の奥さんとか! この先輩まで!」  また後頭部を叩かれた。  そして肩に腕を回され、旅に行くぞ、と耳に囁かれた。 「学校は?」 「お前は虹河の遺児と学校どっちが大事?」  俺は行きますと答えていた。 「よし。旅の手配は私が全部する。あなたは私が言ったものを当日までに用意しておきな。いいな?」 「何でしょう、そしていつ行くのですか?」 「今度の金曜の夕方に発って、月曜に戻る、戻れたらな。そんな日程。長引くかもしれないから、来週一週間は休みになるかもと覚悟しておけ。それであなたはこれを作る。百個ほど」  大弥彦は俺にコピー用紙を手渡した。  謎の文字入りやっこさん百個、それを明日の夕方までにですか?  俺を殺す気かコノヤロウ。
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