新幹線で二時間の旅

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新幹線で二時間の旅

「あ、だるま弁当。二つちょうだい!」  大弥彦が元気に手を上げると、販売員はカートを止めて真っ赤なプラスチック容器の弁当を差し出した。  そしてお茶も二つ買うと、その弁当のワンセットを俺に手渡した。 「俺は飯は」 「虹河さんを偲ぶ会じゃ無いの。彼が新潟に帰る時の彼の行動をそのままなぞるのよ。そうして彼を追体験するの」 「おい。虹河さんは俺の家に来てから里帰りした事無いんだけど? 父子家庭だったらしい実家のお父さんはさ、とっくに亡くなっているそうだしさ」  大弥彦俺を鼻で嗤った。 「大弥彦家は津々浦々に情報網を敷いている」  学校じゃないから美女めいた格好をすると思ったが、彼女は白いシャツに黒ベストを重ね、そして、太めの黒のガウチョパンツという服装に、二本おさげに黒ぶちメガネといういつもと変わらないもっさりブスにしている。  そんな外見で虹河のどこまでも知っているような素振りをされると、とち狂った喪女がストーカー化したようにしか見えないからやめてほしい。 「その情報網の情報が、虹河さんって上越新幹線に乗る度にだるま弁当を食べるって、ものすっごく無駄じゃねえ?」 「あら、彼のお弁当好きの片鱗を知れてうれしくないの? ちなみに、上りの線に乗った時は、彼は雪だるま弁当を買うのよ」 「どんだけ好きなんだよ、だるまが! あの人は!」 「ね、虹河さんの新たな面が見れて嬉しいでしょう?」  俺は結局、そうだね、なんて答えていた。  だけど、弁当の蓋を開けて食べることは出来なかった。 「食べないの?」 「あとで、ちょっと眠りたい。いいかな?」 「そのために一緒に来たんだから寝な。私をコケにできる術者はそうそういないからね」  俺は彼女の一言で、彼女が学校で俺に無意味に声を掛けてくれたり、そばにいてくれたりする理由をようやく知ったと言える。  家の中は崇継がやっているのか、他者からの術が入り込めないセーフティルームとなっている。  けれど、一歩外に出れば、そこは俺にはサバイバルゲームの始まりだ。  花房家の親戚ではまだ俺を当主から引きずりおろしたい奴らがいるらしく、俺に目掛けて呪いや式神を放ってくる者がたまにいるのだ。  俺は交わして交わして、神経を神経を研ぎ澄ませて、それでもう、とっても疲れ切っている。 「先輩は虹河さんに似ている。優しいのにそう見せない所とか」 「ば、ばばばば、ばか!大弥彦と花房は一蓮托生、呉越同舟で、」 「うん。ありがとう」  俺は目をしっかりと閉じて、真っ暗な安らぎに落ちた。  ……………………。 「起きろ」  しゃがれた声に俺はハッとして目を開けた。  俺の前の席が座席を回転させていて、俺と大弥彦が座る席と対面状態になるようにしていた事に驚いて身を捩った。  前の席には知らない人間が親しみを込めた目で俺を見ている。  白髪になった髪は少々黄ばんでいるせいか外国人の金髪のようにも見え、日焼けした肌と相まって、彼を気さくそうで遊び慣れた人のように見せていた。  目尻に沢山ある笑い皺は、俺の大好きなあの人の笑顔を思い出させる。 「あの、何か?」  男は俺に何かの本を差し出した。  俺は何だろうとそれを受け取る。  それは、キノコ図鑑?  俺は老人に聞き返そうとして顔を上げた。  目の前には前の座席の裏側しか見えず、席の裏に設置してあるミニテーブルを俺は下ろしたままであり、そこに手を付けていない真っ赤なだるま弁当が、あざ笑うように俺を見ていた。  俺の手には図鑑など何もない。 「夢?」 「情報屋が来たのね」 「え?」 「夢のお告げって言うでしょう。この世のものではない人達が、生きている人達に伝えたいものがある時の交信方法ね」  俺は自分のスマートフォンを取り出すと、先程の幽霊が俺に渡した本の題名を検索した。 「ありゃ。スマートフォンで閲覧できる無料辞典がある」 「なあに、それがどうかしたの」  大弥彦は首を傾げた。 「金髪みたいな白髪に日焼けした肌のお爺ちゃん。なんかちょっと軽薄そうな。その人がこの本を差し出して来たんだ」 「ふうん。私なんてこんなものを幽霊に教えて貰ったりするのにね」  彼女は優越そうな顔をすると、どうだという風に自分のスマートフォンの画面を俺に見せつけた。  画面には若かりし二十代の虹河が、強面のあの顔をして、しかも、機動隊員の格好をして映っていた。  俺は大弥彦から携帯を奪った。 「ちょ、止めてよ! 勝手に自分のスマホに私のお宝映像を送らないでよ!」 「いいじゃない! 俺だってほしいよ! 二十代な虹河さん!」
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