虹河の圭君

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虹河の圭君

 田舎は日が暮れれば真っ暗になると聞いていたが、それは本当にその通りで、俺はこんな時間に家に帰る子供の事を考えて背筋がぞわっとした。  周囲はみんな身内か顔見知りだからこそ、誘拐その他など考え付かないのだろうが、悪意のある人間が人目を避けてこっそりやって来て、こっそりと子供を連れ去ったら、完全犯罪が成り立つのではないか。  そんな風に考えた。  俺は考え過ぎかな?  でも、虹河は過保護なぐらいに俺の安全を気にかけてくれていた。  だから俺は、彼にとっては俺が見ず知らずの人間だろうと、危険な夜道を歩く彼の後を歩きながら彼の無事を確認していたのである。  どうして専業主婦の母親がいるのに、彼は学童に行き、夕方の六時になるまで家に帰ることができないのだろうか、そんなことを考えながら。  虹河圭。  今年七歳になる小学一年生。  ごつい虹河の血を引くとは思えない、ぷくっとした頬に丸っこい瞳という人形みたいな顔をしていた。  俺も子供の頃は可愛らしかったが、彼はそれ以上に可愛いと言えるだろう。  女の子以上に誘拐の危険性があるはずだ。  あ、学生服姿の三人、中学生? 高校生か? が圭の前に立ち塞がった。 「あ、変人君だ」 「運動できない君だ」  俺はここでむかっ腹が立ったが、虹河に俺は散々に変なあだ名で揶揄われた事を思い出し、あれは親愛から来る揶揄いかもしれないぞと自分を諫めた。 「お前さ、親の遺産が入ったってホント?」 「うっそ、コイツ親いたんじゃん?」 「違うよ、ほんとの父親に捨てられたからさ、うちの叔父さんがお父さんしてあげてんだて。そんならてんに、叔父さんらに養育費(よーいくひ)が一銭も入らねって言ってた」 「うわ~。お前んところの叔父さん、てーへんらな~。ハハハ」  俺はどうして最初の二言で出てやらなかったんだろう。  圭君が傷つく前に出てやるべきだったのだ。 「おい、お前ら、どこ中よ?」  俺は虹河が言いそうな言い方と態度で、俺と同じぐらいの年齢の制服姿の奴らの前にずいっと出た。 「何らて、お前こそ、お前こそ、おまえ」  俺に言い返そうとしてきた奴は俺を見て一瞬で青ざめ、友人二人の袖を掴んで俺の前から「遁走」という言葉を実践してくれた。  俺の内心はほんの少しどころか、かなりホッとしている。  俺は今まで虹河に守られるばかりであり、喧嘩など一度っだってした事のない品行方正な男子高生なのである。  俺は生まれて初めて明るすぎる自分の自毛である茶髪と、光の加減で黄色に光る瞳に感謝したかもしれない。 「あの、僕はお金を持っていませんから」  ヤンキーじゃないよ!  一瞬で自分の外見に落ち込ませるな、虹河息子! 「夜道は危ないから送る」 「いえ。知らない人にお家を知られたら危険です! 死んだお父さんのお祖父ちゃんが言ってました!」 「君は虹河のお祖父ちゃんと仲が良かったんだ?」  圭は見るからに俺への不信感丸出しの目を、おやっという風に真ん丸にしてから、見るからに好意的なものに変えてくれた。  やべえ、可愛い。  虹河が俺を弟って可愛がっていた気持ちわかった。  弟って可愛い! 「あの?」 「ああ、送るよ。君になんかあったら世話になった虹河さんに顔向けできない」 「ぷくく。お祖父ちゃんは元警察官ですものね」  あれ? 圭君は俺が言ったセリフを、勘違いしている?  虹川さん方のお祖父さんの意味じゃなく、虹川の苗字の元警察官のお爺ちゃんと言ったと思われていて、でもって外見ヤンキーな俺と元警察官で導かれる、世話、と言う単語の意味は? 「ねえ、君。俺はそういう意味でご厄介にはなっていないからね」 「ああ、ごめんなさい。てっきり」 「うん。自分の外見が駄目なの知っているから、いいよ。ほら、手を繋ごう」  俺の差し出した手に圭の小さな手が乗った。  子供の手ってこんなにぷっくりして小さくて可愛いんだ。  俺は十二歳の時は普通よりも小さかったけど、虹河が妙に小さい小さいと失礼にハイテンションだったのは、彼もこんな気持ちになったからなのかな。  違う。  きっと俺と手を繋いで、自分の子供の事を思い出していたんだ。 「あれ、お兄さん生きている人?」  俺は圭が何を言い出したのかと思い、彼を見返してしまった。  俺は見た目は変わっていないと思っていたが、体には人面疽が今もなおあの惨劇を忘れるなと俺の身体に居座っているのだ。
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