子供達は夜にこそ笑う

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子供達は夜にこそ笑う

 圭は夜空のような瞳を俺に向け、俺の言葉を待ってくれた。  そんな所は虹河に似ている。  彼は煩く俺を揶揄うが、俺に何か思い悩む事があると気が付くと、俺が言い出すまでじっと俺を見つめて待ってくれるのだ。  俺も虹河を見つめ返す。  打ち明けてていいものかと考えながら。  すると、彼はいかつい顔を柔らかくさせて優しく微笑み、ついでに彼が思いついた適当な事を言って俺の気を解そうとするのだ。 「起きたらパンツが汚れているのは、成長の証だよ?」  ああ、ちくしょう!  めっちゃくちゃにいい顔で、実にくだらない事を言い出す人でもあった。  俺のその時の悩みって何だっけ、と、まじ覚えてねえよ!  悩みの告白なんか、いつも何もしていないんじゃないか? 「ごめんね。お兄さんがキラキラしていたから」  俺は虹河のようで虹河よりも上等な子供の手をぎゅっと握った。 「ありがとう。俺はしっかり生きている人だよ」  あれ、虹河子供が子供らしくない目をしたぞ?  子供が目を眇めるってどういうことだ? 「きみ?」 「じゃあお爺ちゃんの世話にはなっていないですよね! お爺ちゃんは僕が生まれる前に死んじゃったもの!」 「カマかけて来たとは君は子供か! そういう君こそなんで生まれる前のお爺ちゃんの事知っているのよ?」  圭はハッとした顔をするや、きゅっと唇を噛んで顔を俯けた。  それは凄く「しまった」という顔で、先程の意地悪学生服に揶揄われてもしょぼんとしなかった彼が、俺の一言のせいでしょぼんとしてしまったのである。  俺のせいか!  何てことだよ! 「ま、まあ、人づてに聞くよね」 「う、うん」 「で、お兄さんはさ、君よりもずっと年上だし」 「あ、そうだね。そうだ」  俺は何を言っているんだ?  君のお父さんに世話になったんだよって、言ってあげるいいチャンスだったじゃないか。  そのお父さんは俺を庇って死んじゃったって、教えてあげに俺は新潟くんだりまで来たんじゃないのか? 「お兄さん。どうしたの?」 「ああ、目に埃かな」 「羽虫かも。すぐ目に入るじゃない?ほら、あそこにも虫柱が立っている」  圭が指さした先には外灯が地面を照らしていて、その外灯の光の中には、細かいわやあとした小さな羽虫の塊が見えた。  小さな羽虫は薄明りの中で黒い点の影を作っていたが、その靄みたいな虫柱は地面から突き出ているような形をしていた。  まるで小さな子供、俺が手を繋ぐ七歳児ぐらいの大きさの……。  そこまで考えて俺の背筋がぞわっとけば立った。 「やばい、この世界はやばい!」  俺は叫ぶや手を繋いでいた子供を持ち上げた。 「おいお前、家はどっちだ!」  持ち上げられた圭は子供の顔で俺に真ん丸な瞳を向け、慌てた様にして自分の家がある方角へと指を差した。 「えっと、あっち!」 「よし、舌を噛むな! これから超特急だ!」  俺はそういえば運動もそんなに得意じゃないよなあ、そんな風に考えながら圭が帰る家へと圭を抱いて思いっきり走った。  数十メートルだけね。  ランドセルを背負う子供って、情けない俺にはかなりの重さだったのだ。  そこで、数十メートル先で一度彼を下ろして、おんぶに変える必要性に迫られたのである。  ここだけの話、数十メートルだけの抱っこでヘタったからと、ここから先は歩いてね、は、情けなさすぎて俺には出来なかっただけでもある。  圭は腕から降ろされた時にやはりという顔をして見せたが、俺がしゃがんで背中に乗れと言うと、意外にも素直に俺の背中に乗ってくれた。  その上、彼は、俺の背中で彼に出会ってから初めてといえる、「子供らしい」笑い声を立ててくれたのだ。 「風景が全然違う!」  圭の叫びは同じセリフを叫んだ過去の自分の思い出に直結した。  虹河に肩車された時に、俺も同じ言葉を叫んだのである。  もう俺は大きいからと言ったが、彼はせっかくの花火祭りだからと、俺を肩車して見せたのだ。  橋のど真ん中で。  この子は虹河に肩車をして貰う事は無い。  俺は歯を喰いしばった。 「新幹線並みに早く走ってやるぞ!」 「お兄さんたら!」  俺は息が苦しくともさらに必死に走っていた。  だってさ、走りながら、久しぶりに楽しいと思ったんだ。  俺の罪悪感が圭の笑い声で昇華されていくようだったんだ。
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